2011年09月29日

着物を着る基本とは。(*^_^*)

今日も名古屋は晴天!

ノラ猫庵の寅さんもボス猫に虐められながら隣と我家の玄関先を死守しております。
一見のん気そうに見えるノラ猫の世界もかなり厳しい生存競争があるんですよ。

ところで着物を着る基本とは?

昨日のコメントの返事にも書いたように、文化が捻じ曲げられる原因は時代背景が大きいのです。
今の団塊の世代と言われる人達は、戦後復興の動乱を生きた人たちになるのです。
子供の頃の両親は忙しく働き着物を着る機会すら無いまま、成人を迎えてしまった世代になります。

そして結婚適齢期になる頃に日本中を吹き荒れた着付け教室ブームとなるのです。

浴衣やウールにも袖を通した事の無かった人たちが、いきなり俄か着付け師の真似事をしだしたのです。
教える方も習う方も着物の事を何も知らないのですから、とりあえず大層な言葉を並べましょう。
教える形や看板は着付けなんだから、とりあえず訪問着で教えましょう。

浴衣やウール着物も着たことの無い人達が、
いきなりアラブの大富豪でも滅多に着ない絹の晴れ着を持たされたのです。

私が浴衣を着れる人なら振り袖も着れると伝えても、
浴衣も知らずに晴れ着を大層に習った人達には意味が通じないのは当たり前かも知れません。

その理由は、
着物は大層な衣服であって、着るのが大変な事に価値があると教えられたからです。
何よりも資格を買わされた人には、簡単に着られては長年の苦労が消えてしまうのです。

パジャマを着るのにも大層な着付け道具を駆使する珍事が生まれた意味を知り、
これから着物に触れる人たちはウールの着物から遊ぶと着物の楽しさが分かりますよ。


これが着物を着る基本です。(*^_^*)

日本中で目にする着物の常識がトンチンカンなのは何故か?

それは・・・・・
最初からありもしない決まり事に縛られた人たちが着物文化を動かしているからです。

どこの世界に一般庶民が同じ形と同じ着方で高価な絹の着物を羽織り、
ろくろ首でもない限り絶対に見えない背中の帯の柄を自分で合わせて着るのでしょうか?

そろそろ気付いて、
これからの子供達には温かい着物文化を残してあげたいですね。(*^_^*)

こんな本音が言えるのも、
着方を覚えた人たちが増えたからです。(*^^)v

どんなに着物を着るのに苦労をしても、それは無駄な苦労です。
衣服は人の教える形に合わせるよりも、自分の個性を着る形で表現するから楽しいのです。

着物に大層な肩書きは無用です。
着る物を普通に着ているだけの世界です。

posted by kiraku at 08:06| Comment(2) | 着物を着る基本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする