2015年12月07日

初めてのお太鼓結び!(*^_^*)

最近の小庵「着らく」はまったりゆったりのんびりし過ぎてますね。

卒業生だけで遊びに来た時は着替えよりもおしゃべりに花が咲いていました。
そんなのんびりとした時間の中で卒業生の着せ付けた着物姿。

長い着物はやはりロングドレスとして着せ付ける方がエレガントですね。

003.JPG

帯もだらりにした方が正装には華やかに見えます。

004.JPG

4年生だけで遊びに来た時もまったりのんびりでしたね〜(^^ゞ
小庵「着らく」の最高記録を作ってくれました。
一日の着替え回数はナント・・・・・・1回!ヽ(^。^)ノ
4年生の子は就活やら卒論で疲れている時期です。
せめて小庵「着らく」ではまったりのんびりとして下さい。(*^_^*)

009.JPG 011.JPG

日曜日には元気な3年生に連れられて一年生の子が遊びに来てくれました。
3年生の子が1人昼になっても連絡が取れない!!!!!
昼過ぎにやっと「師匠ー!連絡取れました!」
「ホッ、無事なのか?」
「まだ寝てました」
心配をしましたがアルバイトで疲れていたようです。(^_^;)

013.JPG 015.JPG 017.JPG

初めての子が見よう見真似で友達に結んだ
「初めてのお太鼓結び!」

018.JPG

「このお太鼓結びは一生の財産だから写真に残して大切にしなさい。
 初めて結んだこの形はできるようになってしまうと二度と作れない形なんだぞ」

「ハイ」

「〇〇さんがお母さんになり御祖母ちゃんになった時には、
 娘や孫に着物の着方を教える時はこの写真を見せてあげなさい
 私も最初はこんな風に結んでいたと伝えれば必ず笑顔に出会える」(*^_^*)

「ハイ」(笑顔)

初めてのお太鼓はどんな形に結んでも、
30年先の笑顔に繋がる楽しい思い出になります。

「皆さんも大切にして下さいね」(#^.^#)

着物文化の伝えた和みとは、
着物を通して語られるこんな些細な思いでの積み重ねだと思います。

着物文化の伝えた温もりとは、
時代を超えた些細な思い出から生まれる笑顔の積み重ねだと思います。

着物文化の伝えた一番大切な財産は、
受け継がれた着物を通して伝えられる温もりの積み重ねだと思います。

無限にある着物姿を一つの形に押し込めなければ、
日本には捨てる着物など一枚も無かったのです。


お母さん世代の人達は着物を恐れてはいけません。
「子共と一緒にタンスの着物で遊ぶ!」
こんな気持ちを持つ事ができれば・・・
大嫌いだった着物も楽しい衣服になります。


このブログの内容は私の伝えたい事の半分です。
残りの半分を素直に伝えられる時代が来れば、
この国は着物を通して笑顔に溢れていると思います。(*^^)v
posted by kiraku at 22:52| 愛知 ☁| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月12日

着物は着替えるだけで笑顔になれる衣服ですね。 (*^_^*)

今日のタイトルは当たり前と言えば当たり前だと思いながら、
小難しく着替えを習っている人達には理解されないかも知れない・・・

今週の検索ワードに「一重太鼓と二重太鼓の違い」こんな言葉がありました。
これも体に巻いて垂が長ければ二重太鼓、短ければ一重太鼓にするのは常識です。
しかし、着物教室で袋帯は二重太鼓だと教えられた人には通じない常識・・・
(後ろから見ればどちらも同じお太鼓の形だと思いませんか?)(^_^;)

そんな世間の非常識をまったく知らずに着物を着れば、
楽しくて・・・楽しくて・・・楽しいだけの衣服になるのです。

今月の小庵「着らく」は土日、土日、土日と予定が入っています。
今は私が居てもいなくても「着らく」の空気はほとんど変わりません。

何故なら
着物教室が日本に誕生する前の健全な空気に育っているからです。(*^_^*)

些細な着方の違いで流派を作れるなら、
ちゃぶ台を囲んでいるこの子供達の数だけ
我流の宗家もいれば本家もいるのです。(*^^)v

002.JPG

誰が宗家、本家、元祖を名乗るか勝負!(*^_^*)

003.JPG 005.JPG

004.JPG

洋服を着るように着替えている子供達は、
遊びながらでも着物に着替えられるのです。(*^_^*)
007.JPG

006.JPG

日本人は教えられた手順と道具を使い、
頭を使いながら洋服の着替えをする民族ですか?

大笑い流派
洋服は右足からズボンに足を入れるのが正式です。
洋服は左手からシャツの袖を通すのが正式です。

苦笑い流派
洋服は左足からズボンに足を入れるのが正式です。
洋服は右手からシャツの袖を通すのが正式です。

「何で洋服の着替えに流派があるんですか?」

「それは歴史あるイギリスの伝統文化には、
 古くから伝わるしきたりがあるからです」


遊びに来ている子共達はこんな冗談を、
人として笑えるだけの常識を持っているのです。


こんな冗談を日本人が真に受けていたら、
日本の洋服文化には人としての尊厳はありません。 

着替えを着付けだと教えている教室があれば、
そろそろ正しても良い時代だと思うのですが・・・
これを正すのは国から認可を受けている着物教室の
「義務と責任です」と、私は思っています。(*^_^*)

posted by kiraku at 22:49| 愛知 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月14日

一枚のきもの時間は百年です。(*^^)v

昨日は小庵「着らく」始まって以来の珍事がありました。
その珍事とは一枚の着物にも着替えずグダグダと過ごしながら一日が終わる!(^_^;)
この珍事の入り口を作ったのは誰か?

「ハイ、私です」(少し反省)(^_^;)

その詳細を語ると土曜日の「着らく」から話さないといけないので省略!
棚の着物に言わせれば
「百年の間にはこんな一日があっても良いですよ」(*^^)v

アッ、昨日のメンバーは着物に着慣れた3年生だけの顔ぶれでした。
一度着慣れた世界で着物を着た子は60年後にひょっとしてボケても、
着物の着方を忘れる事はありませんので安心して下さい。(*^^)v

お母さん世代の人達に着物の話をするとほとんどの人は、
それがまるで当然のように晴れ晴れとした顔をして、
「若い頃に着物教室で習いました。でも着方は忘れました」

高い月謝を払い、人によっては押し入れ一杯の教材を買わされ、
何やら師範の資格まで手にしているのにです。

若い頃に衣服の着替えをわざわざ習い、
子供や孫に教える頃には忘れている着物文化。

「その晴れ晴れとした顔の意味は何ですか?」
とツッコミたいところをグッと堪えて苦笑いです。(^_^;)

着物との縁が切れて晴れ晴れとしている人をつかまえて今さら
「あなたはお着替え詐欺に騙されたのかも知れません」とは言えません。

着替えを着付けだと教える「世にも奇妙な着物教室」がはびこる日本でも、
そんな奇々怪々な教室の教える常識を知らずに着物に触れている子供達は、

「百年そこそこの歴史しかない洋服を当たり前のように着ている日本人が、
 平安時代から千二百年以上も着続けた着物を着れないのはおかしい!」

こんな日本人として当たり前の常識しか持ち合わせていないのです。

40年前に騙された人達に今さら伝えられない言葉でも、
今を生きている若い人達には伝えたいのです。

何処かで気付かなければ、
騙されている今は40年後の今になるのです。

自分で衣服に着替えるのは誰が見ても着替えです。

「着付けの世界には、
 自装などという言葉は存在しないのです」

背中の帯は人の手を借りて結ぶのは常識。

「江戸時代でも背中で結ぶ帯は着付け師の仕事!
 人の手を借りて結ぶから和みが生まれるのです」


汗をかきながら着替える衣服など
人の世界に存在すると思いますか?

受け継がれた本来の着物文化を通して、
日本人としての尊厳を取り戻して下さいね。(*^_^*)
posted by kiraku at 09:17| 愛知 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月21日

着物文化の伝えた優しさと思いやりを忘れてはいけません。(*^_^*)

遊びに来ている子が帰る時に「師匠、良いお年をお迎えください」

「エッ、もうそんな挨拶をする時期なんだ〜」(^^ゞ

今年も大ボケ、小ボケのまま終わりそうですね。

そんな小庵「着らく」での会話。

「師匠、汗止めのタオルは襦袢の上か下のどちらに巻いた方が良いですか?」

「それは襦袢の素材と自分の着心地で考えなさい」

「ハイ」(笑顔)

初めて遊びに来た子との会話。

「今度遊びに来る時は初めての子にわかる範囲で教えてあげなさいね」

「ハイ」

「ところで教える自信はあるか?」

「エッ、自信は・・・・・」

「目の前にパジャマのボタンが留められなくて困っている子がいたらどうする」

「手を貸して教えてあげます」

「その時に自信はあるかと聞かれたらどうする」

「自信はあります!」

「着物も同じ気持ちで教えればいいんだぞ〜」

「ハイ」(笑顔)

こんな極々自然な会話が日本中から消えて40年近くになります。
私が20代の頃は周りの大人に何を聞いても、

「着付けの資格が無いから教えられない」
「我流だから教えられない」
「着物を着たいなら着物教室に通いなさい」

こんな馬鹿げた事を着物店の御主人まで当たり前のような顔で言っていたのです。

そしてこんな馬鹿げた言葉を真に受けて着物教室へ通った人達も大勢いたのです。

日本人として着物を自分で着たいと思うのは、
大層な看板を掲げる着物教室に通い資格を取らないと、
我流では着替えも許されない大それた衣服だったのですか?

小庵「着らく」で楽しく着物に触れる子供達を見ながら思う事は、
平成の現代でもおなじ場面に出くわしたら良識のある日本人として、

「お前はアホか?それとも本当のバカか?」と真剣にお尋ねしたいのです。

こんな言葉が伝えられるのも、
還暦に王手のかかった年代になったからでしょうね。(*^^)v

大ボケ、小ボケの師匠がいる小庵「着らく」の様子は、
「元気な着物姿に日本の未来を託す!」
001.JPG 003.JPG

「お着替え詐欺は許しません!」byきもの戦隊5レンジャー
来年の初釜は戦隊コスプレになるかも知れません。(*^_^*)
007.JPG 010.JPG

アッ、3時のオヤツは・・・
大ボケの失敗も笑顔に出会える手作りロールケーキでした。
今回は抹茶味で大失敗!!!!!!!!!!!!!
形が崩れて収拾がつかないのでそのまま出す!
「師匠、抹茶味も美味しいですー!」これはお世辞ですよね〜。(^_^;)
014.JPG

着物は手本を見るよりも、
手にした着物や帯と会話をしながら着替える!

「この着物は大きいからこんな着こなしができる!」
「この着物は小さいから衣紋を開けてこんな着こなしができる!」
「この帯は軟らかくて長いから可愛い飾り結びができる!」
「この半巾帯は硬くて短いから男結びが似合う!」
011.JPG

手にした着物と帯で自分の着物姿をイメージするのは、
受け継がれた本来の着物文化では自然な姿なんですよ。
012.JPG 008.JPG

日本中の人が気付くのはもう少し先でも、
おかしな世間とは意味を知って付き合いましょう。

本来の意味を知れば
一本のシワにも凛とした風格を感じます。(*^^)v
posted by kiraku at 12:56| 愛知 ☔| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月28日

着物は人前で生着替えを披露する文化ではありません。(^_^;)

先日の小庵「着らく」での会話。

「世間では日本文化の紹介として、
 着物の生着替えを舞台の上で披露していたんだぞ〜」

「エッ、舞台の上で着替えるんですか?」

「着物文化の親善大使として世界でもやっていたから始末が悪い!」

「え〜、着替えは舞台の裏でやる事ですよね〜」

文化そのものが歪んでしまうと、
良識のある子供達には理解できない現実もあったのです。

とある着物学院ではこの珍芸を披露するのに入場料をとっている。
とある着物教室ではこの珍芸を音楽に合せて踊りながら披露している。
とある着物教室では海外からの留学生にまでこの珍芸を強要している。

生着替えを舞台上で見せられる各国大使も、
日本国の看板を掲げてぞろぞろと来られては・・・
苦笑いをしながらも拍手するしかありませんよね〜(^_^;)

「アッ、これは私がみんなと同じ20代の頃に見せられた光景だぞ」

「昔の話なんですね。あ〜ビックリしました」

「現代では着物の生着替えを舞台で披露する人はいませんよ」(*^_^*)

良識のある今の日本では、

「衣服の着替えは舞台の裏でやることです」

戦後の着物文化には、
こんな一般常識すら言葉にできなかった、
筆舌に尽くし難い暗黒時代もあったのです。

今年最後の小庵「着らく」は楽しい会話をしながら
003.JPG

凛とした着物姿に溢れ
001.JPG 011.JPG

最高の笑顔で終わる事ができました。(*^_^*)
013.JPG 012.JPG

「それでは皆さん、
 良いお年をお迎えください」(*^^)v





posted by kiraku at 09:57| 愛知 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする