2019年04月15日

きものに着替えるとは・・・・・ナニ?????(*^_^*)

最近の小庵「着らく」は今の場所に移した当時に戻り始めている!

「初心忘れるべからず」

こんな言葉を使うとカッコイイのですが、
個人的には私の適当過ぎる病気が出始めているような?

それでも遊びに来ている子供達はしっかりと着替えている!

「なぜ?」

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私が「エッ、もう着替えるの?」と言えば、

「着替えます!」と言いながら自発的に着替えているのです。

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皆さんに「なぜ?」の理由が分かりますか?

「それは楽しいからです。」(#^.^#)

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「友達の背中に帯を結ぶのも楽しい!」(#^.^#)

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着替えるとは・・・
どんなに大層な言葉を使っても・・・
どんなに小難しい手順を使っても・・・
どんなに難解な着付け道具を使っても・・・

「着替えは楽しい遊びの世界でしかないのです。
 楽しい遊びの世界を意識すれば教え方も変わります。」

着替えを着付けだと教えるよりも

「今から着付けゴッコで遊びましょう!」の方が健全です。(*^^)v

私も還暦を過ぎ、親の介護も終わり、
改めて小庵「着らく」の空気を胸一杯に吸い込むと、

「初心忘れるべからず」
 
平安時代から続く着物文化に 突然 着替えを教える教室が誕生して、
日本中の人が着物に着替えられなくなったのも、たった40数年前からです。

「そうです!」
誰でも楽しく着物に着替えられるのは当たり前!!!!!
こんな空気を育てるのが小庵「着らく」の始まりです。(*^^)v

着物から洋服に着替えても、洋服から着物に着替えても、
楽しい遊びの世界は同じです。

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着物に着替える楽しさだけは本人しか分かりません。

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手にした着物や帯と、
どんな会話をしているのかも本人にしか分からないのです。

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「なんでこの着物を選んだの?」

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「なんでこの帯を選んだの?」

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返事はいつも同じです。

「好きだから!」 「可愛いから!」

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着物の着替えには決まり事が無いように、
手にした着物と帯との会話は百人百通りです。

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着物を教えている先生は、
その無限の楽しさを教え伝えられる立場です。

「夢があり過ぎて困りませんか?」(#^.^#)


遊びに来ている子からこんな話を聞きました。

「師匠、部活の勧誘で着物を着ていたら、
 学校に着物で来ている子から声を掛けられましたよ。」

「へ〜、その子にまた会えるのか?
 会えたら遊びに来るように言いなさい。」

「ハイ、着物姿も昔風の着こなしでした。」

「ほ〜、それなら会えたら絶対に誘いなさい!」

「ハイ」

着物の環境は確実に育っていますね。(*^_^*)



小庵「着らく」からの連絡です。

次回はゴホン!ゴホン!ヴァレイのリクエストに応えて、
食感のバリエーションを増やす為に試行錯誤しています。

新たな方向が生れそうです。(*^^)v

ところで前回のケーキは生クリームと卵の量を完全に間違えてました!
指摘のあったセンター?ストライプに伝えておいて下さい。

卵と生クリームの量を倍にしていました。
何を考えていたのか?
おそらく何も考えずに作っていたのです。(^_^;)

次回は土日と続けて鬼ヶ島饅頭の予定です。(*^_^*)
posted by kiraku at 19:04| 愛知 ☀| Comment(2) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月09日

きものは贅沢品? そんな馬鹿な烙印は外しましょう。(^_^;)

今週の名古屋は暖かく町内の桜もやっと満開です。

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やっと満開?
アッ、毎年町内で焼きソバ等の屋台を出して桜祭りをするのですが、
じつは今年の桜祭りは3月30日だったのです。

3月30日は肌寒い曇り空でおまけに桜の花は数える程度!(^_^;)

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今年は花の無い桜祭りになったのです。(;O;)

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来年は満開時期に当たる事を願いながら、
今朝はブラブラと満開の桜並木の下を歩いていました。

今日のタイトルは若い人達には 「エッ!着物は贅沢品だったの?」
おそらく贅沢品の理由が分からない過去形になっていると思います。

「着物=贅沢品」とは
着物は生活に直接必要のない高価な品。

着物にとって過去に受けた贅沢品の烙印とは
ぬぐい去ることのできない汚名を受ける。
また、 周囲からそういうものとして決めつけられる。
戦後のハレ着ブームは悲しい現実だった気がします。

質素倹約の形を直線裁ちの仕立て方で受け継いだ、
本来の着物文化にとっては悲しい過去の烙印です。

着物に無関心になってしまった若い人達に対して、
今だから伝えたい事や伝えられる事は山ほどあります。

これは間違いに気付いた着物を教える先生や、
着物に着替える楽しさを知っている皆さんも同じだと思います。(#^.^#)

小庵「着らく」は場所を選ばず!

この言葉はブログの中で伝え続けた言葉です。

令和の新年号には、着物を通して日本中の人が穏やかな顔になり、
受け継がれた着物に包まれる温もりと意味を誰でも伝えられる時代です。

「エッ!きものに着替えたこと無いの?」

「それなら私が教えてあげる!」

これが2000年の8月に始まった小庵「着らく」の原点です。(*^^)v

日本人が着物に着替えられない?
それ以前に着物に着替えたことが無い?

なんでこんな文化に育ってしまったのでしょうか?

着る物の着替え方に資格を付けて学ぶような、
誰が見てもおかしな歪んだ環境を国が推奨すれば、
その国で生まれた子供達は何を信じれば良いのでしょうか?

衣食住は文化の基本です。
その一つでも歪んでしまえばおかしな環境が育つ!

「着物は贅沢品!」
 
この意味が分からない若い人達が正しいのです。(*^_^*)

遊びに来ている子供達に伝えている言葉に、

今の日本で着物に着替えられる人は、
アラブの大富豪よりも贅沢な衣服を、
ユニ〇ロの靴下よりも安く買える楽しい時代!

アッ、本当はおかしな時代だと表現した方が正しいのです。(^_^;)

小庵「着らく」は場所を選ばず!

令和の新年号までには・・・まだ20日ほどあります。
お着替え詐欺の過去を新年号まで持ち込んではいけません。

着物に関わる人や教えている先生も含めて、
晴れ晴れとした気持ちで新年号を迎えて下さい。

嘘偽りのない着物文化には、
温もりと笑顔しかありません。(#^.^#)

posted by kiraku at 12:29| 愛知 ☀| Comment(2) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月06日

帯の入れ替え・・・(*^_^*)

「約束通り帯を入れ替えてますよ〜」(*^^)v  

今週はのんびりと空いた時間に帯の入れ替えをしていました。
これが棚から出してみると意外に多く収める場所に困っています。

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集めた着物と帯に囲まれながらつくづく思う事があります。

我々世代が生きた戦後の時間は何だったのかな〜・・・

私は昭和32年(1957年)生まれです。
幼稚園の頃は自転車にリヤカーを付けて荷物を運ぶ人がいて、
我が家の自家用車はもちろん自転車しかありませんでした。
家にテレビと掃除機が来たのもこの頃だった記憶があります。

「ALWAYS 三丁目の夕日」世代ですね。

前回の小庵「着らく」でこんな話をしました。

ほんの70年ほど前はプロペラの戦闘機で戦っていた人類が、
70年後の今は宇宙にロケットを飛ばし銀河の果てを目指し、
眺めるだけと思っていた月に行き、次は火星を狙っている!

しかし、人類以外の生き物は何も変わっていないのです。(^_^;)

こんな話をしながら、月や火星で暮らす地球人を想像すると、
地球人は完全に宇宙人になってしまうような?(*^_^*)

着物の右前は地球から見た太陽の昇る方向で決めたのですから、
他の星で着物に着替える場合は右前も左前も関係なくなりますね。

アッ、話がとんでもない方向に向かってしまいました。(^^ゞ

裏の倉庫から新しい帯を出すのに段ボール箱を移動しながら、
羽織りと書かれた箱や雑多な着物も結構あるのです。

今の時代を考えると着られる羽織りは・・・少ないですね。

ウールのアンサンブルをお正月に着ていたのは、
40年前が最後だったような気がします。

こんな理由から羽織りと書かれた段ボール箱を見ると、
う〜ん・・・困った!  「誰か使い道を教えて下さい。」

ここでまた変な話をしますが、
倉庫にはまだアイロンも掛けていない現代晴れ着の山もあるのです。
資源の無い日本で絹の晴れ着をゴミ扱いにしているのはこの20年ほどです。

これは高度成長期に生まれた空前の晴れ着ブームの呪いか祟り?

タンス一杯の置き物様が暗いタンスの中から、
「置き物は嫌だ〜、着てくれ〜」と囁く声が聞こえて来るようです。(^_^;)

庶民にとって絹の晴れ着は1200年間も憧れ続けた衣服です。
どんなに着たくても身分やら何やらで庶民には手が出せない着物でした。

その1200年間も憧れ続けた高価な絹のハレ着を終戦後の日本では、
やっと・・・本当にやっと手にする事ができたのです。

「1200年間も憧れ続けた絹のハレ着です。」

なんで現代晴れ着は直ぐに飽きられたのか?
それは庶民には扱えない着物だと気付いたからです。(^_^;)

小庵「着らく」の倉庫に積まれている着物は、
皆さんが何十万円以上のお金を払い買った百年着られる衣服です。
そんな着物の山に囲まれながらの独り言です。

「なんでお前達は此処にいるんだ?」

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すると横に積まれた段ボールからこんな声が・・・

「さぁ〜、やっと子孫に会えると思ったら、
 タンスのまま放り出されて此処にいたんだよ〜」(T_T)

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「もう日本中の人が気付いていると思います。」

きものに着替えられる人は誰でも自由に、
周りの人に着替えを教えられるのです。

着物に着替える楽しさは一歩踏み込んで、
周りのお友達に声を掛けて欲しいのです。

「着物は誰でも簡単に着られる楽しい衣服です。」

「着物は洋服よりも簡単に着替えられる衣服です。」

「着替えるだけで時間を忘れて丸一日も遊べる衣服は、
 おそらく世界中を探しても日本の着物だけです。」

友達と一緒に着物に着替えて遊びに行く・・・
こんな思い出を残しても楽しいと思います。(*^^)v

こんな常識を着物を売る人や作る人に伝えてもダメでした。
着物を教えている先生も今は着替えの練習中だと思います。(^_^;)

今はそんな時代ですから、
できれば着替えられる皆さんに伝えて頂きたいのです。

「着替えなら私が教えてあげる!」

と、「日本中のタンスに残されている、
   着物からの祈りに近いお願いです。」

小庵「着らく」ではこれからも伝え続けます。(*^^)v

アッ!帯の入れ替えはやっと昨夜終わりましたよ。

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棚の帯は段ボール6箱に収まりました。(*^^)v

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裏の倉庫は一杯なので置き場所を思案中です。(^^ゞ

令和はどんな時代になるのか?
昭和から平成に起きた時代の変化を考えると、
今からの時代は想像もできませんね。

それでも百年後の日本で変わらないのは、
タンスに受け継がれた着物の温もりと、
その着物を出して着替える皆さんの笑顔だけは同じです。(#^.^#)
posted by kiraku at 11:29| 愛知 ☀| Comment(2) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月31日

きもの文化は万国共通の常識で考えましょう。(*^_^*)

今日のタイトルは「人が衣服を身にまとう!」
こんな人としての常識の範囲で考えられる事です。(#^.^#)

「着物は平安時代から日本人の着ていた物です。」

その着物に着替えられない人や時代があったとしたら、
それはおかしな事だと誰でも気付くのです。

平安時代からその着物姿にも流行がありました。

平安時代から公家と武家と庶民の着物姿は身分で違い、
戦国時代に流行った着物の着こなしもあれば、
泰平の世に流行った着物の着こなしもありました。

その時代にあわせた着物姿の流行はあっても、
日本中の人は誰でも着物に着替えていたのです。

幕末明治以降は西洋文化を受け入れ、
着物だけの生活から洋服の選択が生まれました。

皆さんが着物よりも洋服を選ぶ理由は何でしょうか?

「着物よりも洋服の方が楽で好きだから!」(*^^)v

これは世界の民族服でも起きている普通の事です。

しかし、日本には着物文化を教える着物教室や、
国から認可を受けた着物学院まであるのです。

その国で洋服を選ぶ選択の以前に、
着物に着替えられない人がほとんどだとしたら、
皆さんは不思議だと思いませんか?

民族服はその国では誰でも着替えられるのは、
おそらく世界共通の常識だと思います。

皆さんが着物よりも洋服を選ぶ理由は何ですか?

「着物よりも洋服の方が楽だから!」

この言葉を素直に受け止める前に、

「着物は洋服よりも楽しく簡単に着られる、
 民族服として着物に着替えた事がありますか?」

着物文化からこんな常識が欠落したのは何故ですか?

初めて着物に触れる人には、

「その洋服は普通に着替えて来ましたか?」

「????・・・ハイ!」

「なら着物も簡単に着替えられます!」(*^^)v

皆さんは目の前で子供達が悪意を持った大人に、
騙されている姿を見かけても見ない振りをしますか?

このブログも10年目を迎えて感慨深いものを感じています。
10年後の日本を想像しながら続けてやっと辿り着いた今です。

ブログを始めた年は私の子供達が家を出て独り暮らしを始め、
その子供達も今は子供にも恵まれ幸せな家庭を築いています。

そして19年目を迎えた小庵「着らく」は、
着物を通して子供達の笑顔に溢れています。(#^.^#)

突然余談ですが、
3月24日に学生時代の友人から突然電話がありました。

「オー、どうした?」

「イチローの引退でテレビをつけるとイチローばかりで、
 何かお前に電話しないと悪い気がして電話した!」

これが還暦を過ぎて爺さんになった学生時代の友人との会話です。(^_^;)

アッ、私は幼少期はイチローお坊ちゃまと呼ばれ、(お坊ちゃまは嘘!)
学生時代から今日まで親しい人は皆さん「イチロー」と覚えて、
何十年の付き合いでも今も上の名前を知らない人は結構いるのです。

なんでこの話をしたのかと言うと、
この友人が15年ほど前にまじめな顔でこんな事を言いました。

「イチロー、もう着物の事は忘れたらどうだ。」

この当時は本来の着物文化を伝えようとしても、
誰にも相手にされず四面楚歌の状態だったのです。

おそらく友人は私の事を心配していたのだと思います。

この頃に出会ったのが今も遊びに来ている子供達の先輩です。
大学1年生の子が2年生になり後輩を連れて来てくれたのです。

子供が後輩を連れて来てくれた信頼に応えるには、
大人としてこの信頼を10年先の後輩に繋げる責任がある!

気付けば今の後輩はあれから15年後の後輩です。(#^.^#)

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「このブログを続けながら、
 私の誤算は何だと思いますか?」

それは世の中が未だにおかしな着替えを強要され、
テレビCMでは着替えを教える無料着物教室が、
未だに着付け教室だと宣伝している現実です。

着替えを着付けだと教え、
おかしな資格や道具を売り付け、
奇々怪々な手順を強要しなければ、
成立しないのがお着替え詐欺です。

着替えを着付けだと教えればその時点で、
誰でも気付く言葉の間違いから始まる、
幼稚な詐欺が今でも存在している事です。

こんな事を続ければ日本人にとって着る物は、
洋服の選択しか選べないのは当然の結果です。

「皆さんは着物を民族服として、
 毎日着ている洋服よりも簡単に、
 着物に着替えた経験はありますか?」

遊びに来ている子供達は部活の勧誘に、
この着物姿ではなく、

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民族服としての常識と意味を知って、
この着物姿を選択しているのです。

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日本人にとって着物は、
特別な時にだけ着る装束ではありません。

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日本人にとって着物は、
自分では着られなかったその装束の形を、
自分の体に補正を入れ寸胴にした体型に、
一本のシワもなく着替えた人だけに与えられる、
その資格を持った人だけが着る権利を手にする!

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そんな衣服ではありません。(*^_^*)

着付けゴッコで着替えた着物姿と、

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大層な言葉と道具を駆使して着替えた着物姿に、

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皆さんはどれほどの違いを感じますか?

私の言える事は、
着物を民族服として着ている子供達は、
難しい着物用語も知らず補正も道具も使わずに、
洋服よりも楽しく簡単に着替えている事だけです。


着物の資格を手にして教えている皆さんには、
目の前でお着替え詐欺に遭っている人に出会ったら、
優しく声を掛けて助けてあげて欲しいのです。

「着物は誰でも簡単に着られますよ。
 それが日本に受け継がれた着るものです。」


政府の発表では明日には新年号が分かりますね。
切り替えは5月1日だと聞いています。

まだ新しい年号になるまで一ヶ月もあります。

「まだ間に合います!」

皆さんが晴れ晴れとした気持ちで、
新しい年号を迎える姿を心から願っています。 
その姿は日本の未来を必ず明るくします。(*^_^*)

私より若い鈴木イチローさんも引退したので
還暦爺さんのカラフル更新は今日を最後にしますね。


次回からは爺さんの、
腰が痛い!目がかすむ!シミが!白髪が!頭髪が!
こんな悩みも今から30分以内にお電話頂ければ直ぐに解決!

「アホか!」と日々のボヤキブログになるかも知れません。(^_^;)
posted by kiraku at 14:36| 愛知 ☀| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月29日

きもの時間の百年は長い?それとも短い?(*^_^*)

今日のタイトルは時間の感じ方ですから人それぞれですね。(^_^;)

小庵「着らく」では受け継がれた着物に汚れやシミを見つけると、
遊びに来ている子供達は着物に残された思い出と表現します。

昨日も初めて出した着物の右裾の上に薄いシミを見つけて、

「師匠、この着物は思い出が残されています。」

私はそのシミを見ながら、

「エッ、右前に思い出が残るか?」

この言葉にその子は着物を広げ直して、
左前にも同じ場所にシミを見つけ嬉しそうに、

「師匠!左にもありました!」

「それはお味噌汁だな」と、私の言葉に大笑いでした。(#^.^#)

その家に受け継がれていれば大切な着物として
思い出を語った後でも染み抜きで簡単に消せるのです。

「私は何を伝えたいのか?」

何度も同じ事を念仏のように繰り返して申し訳ありませんが・・・

それは受け継がれた着物の価値は、
織りや染めの華やかで豪華さにに付けられた、
見るからに高価な置き物としての価値ではありません。

受け継がれた着物の価値は、
その思い出を子孫に語る時の笑顔にあるのです。

残された着物に着物姿の思い出が無ければ、
皆さんが新たな思い出を残せば良いのです。

着物時間の百年はその為の時間です。

日本人の着物姿は、
自分の体に補正を入れ寸胴にしたその体に、
一本のシワもなく着替えなさいと強要され、

「その特技を手にした人だけが着物を着られる!」

そんな忌まわしい過去の着物文化も振り返れば、
たった40数年の悪夢でしたと笑える今が幸せです。

遊びに来ている子供達は受け継がれた着物を通して、
百年の時間に包まれ感謝と温もりを感じています。

この国がまだ貧しかった、
昭和30年代に着られていたこの着物も、

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この着物も、

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この国にコンビニも原発も無かった、
幕末明治に着られていたこの着物も、

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この着物も、

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平成生まれの子供達を笑顔にして、
新たな思い出を残しているのです。(*^^)v

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着物を教えている皆さんは、
自分の体を寸胴にして一本のシワも無い、
その画一的で無機質な着物姿を、
今でも生徒さんの手本だと思っていますか?

「今ならまだ間に合います。」

何故なら、
着物時間の百年には皆さんも含まれるのです。
posted by kiraku at 12:37| 愛知 ☁| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月28日

着物文化の苦痛はたったの40数年!(#^.^#)

今日のタイトルも意味はそのままです。(^_^;)

今日は小庵「着らく」の予定が入っているので、
昨日は夕方に入った仕事を昨日の内にサッサと済ませ、
夜は早めに布団に入ったのですが・・・・・・・

ブログで伝えられる事は今月中で伝え切れるのか?
等と考え出したら頭が勝手にあれもこれもと働きだし、
還暦を過ぎても私を寝かせない自分の脳ミソだけは、
情けないほど自由奔放で管理が出来ないものです。(・・;)

仕方がないので4時半に布団から出て、
サツマイモを茹でて潰して砂糖、卵、HM、生クリームに
バニラエッセンスを入れしっかり混ぜて炊飯器に入れ、
今の時間は5時半です。

今から掃除機はさすがに早すぎる!

かと言って寝不足で文章を書くほど頭が起きていない!

このままパソコンを閉じて後から更新します。(*^^)v

無事に小庵「着らく」を終えてホッとしている師匠であります。
タイトルについて話をする前に今日の小庵「着らく」にて、
大爆笑が何度かあったのですが・・・内容が思い出せない!(^_^;)

要するに他愛もない内容だったのは確かです。(*^_^*)

そんな空気で着替えている着物姿を紹介すると、
5人並べばそれぞれの着物姿でした。

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後姿にも個性は現れます。

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着替え風景も毎回同じようでじつは違うのです。
この違いだけは文章では伝えられません。(^_^;)

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今日は珍しい事がありました。

先輩達がお互いに帯を結んでいる中で、
4回目の後輩が座ったまま名古屋帯のテを肩に掛け、
自分の体に帯を巻く仕草をしているので、

「自分で結ぶのか?」と私が聞くと、
先輩の結ぶ姿を見ながら真似をしていたようです。

4回目の子は友達や先輩に何度も結んでいます。

そこで私が
 「自分で背中に結ぶならいっそ目を閉じて、
 友達に結んでいるイメージで手を動かしなさい。」

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もう一人の4回目の子は棚の上に振り袖を見つけて、

「この着物いいですか?」

「着るなら出しなさい。」(*^_^*)

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そんな子供達の着こなしの着物姿です。

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同じような着物姿でも画一的な手本を示さなければ、
着る人の個性は自然に出るものです。(*^^)v

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これだけ違う着物と帯に着替えれば、
着替えた数だけ着心地と着やすさの違いは、
手にした着物と帯が教えてくれます。(*^^)v

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50年前の日本に着物教室が無かったのは、

それ以前の日本には教える手本も無ければ、

教えられた通りに着替えるような着物文化は、

平安時代から千二百年間、一度も無かったのです。

着物を着ていた日本人が着替えられない?

着物を自分で着ると偉いね〜と褒められる?

受け継がれた着物は着られない着物に化ける?

この40数年の間に何が起きたのでしょうか?


こんな現実を悩まないで、
目の前の数字に悩むのは無駄な事です。

と、遊びに来ている子供達には、
意味を知って生きる大切さを伝えています。(*^_^*)

生徒さんが集まらない本当の意味を知って、
日本中で嫌われているお直しオバサンを
皆さんの力で世直しオバサンにして下さい。(#^.^#)


お直しオバサンを育てたのは誰ですか?
posted by kiraku at 23:40| 愛知 ☁| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月27日

きものは着る物では都合が悪い?(^_^;)

今日のタイトルを書き直すと、

「きものは普通に着ては都合が悪いですか?」

このタイトルは着物に関わる人や教える人が理解するのは、
おそらく無理か紆余曲折の時間が掛かると思います。(^_^;)

着物はよくハレ着と普段着に区別されますが、
この言葉を「フォーマル」と「カジュアル」にすると、
何となく理解しやすいのかも知れません。

洋服の世界では「フォーマル」と「カジュアル」では、
着替え方は同じでも着こなしのイメージは違います。

着物の世界では「フォーマル」と「カジュアル」では、
着替え方が違うと頭のおかしな人から教えられただけで、
着こなしのイメージだけが完全に抜け落ちているのです。

「着物姿は同じでも紬を着ればカジュアル?」

これが40年以上も一つの手本に縛られた、
着物文化の惨状を見せられている原因です。

着物を教えている先生なら、
ご自分の着物姿を鏡に映して考えれば、
その姿は無限にある着物姿の一つだと気付きます。

そのフォーマルな着こなしで焼き鳥屋に行きますか?

この意味は遊びに来ている子供達は普通の感覚で、
フォーマルとカジュアルを着こなしで区別しています。

着こなしの楽しさは、
着物を教えている皆さんが伝える事です。(#^.^#)


posted by kiraku at 07:16| 愛知 ☀| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月26日

きものの着替えは誰に聞けば良いの?

今日のタイトルは・・・誰なんでしょうね。(^_^;)

着せ付けは美容院か着付け師さんに頼めます。
では着替えは誰に聞けば良いのでしょうか?

皆さんはこんな事を考えた事がありますか?

若い人は着物=振り袖になっていますから迷わず、
着物=美容院かホテルでの着せ付けが頭に浮かぶと思います。

もしも若い人が古着屋さんで可愛い着物に出会い、
その着物に着替えたいと思った時は、
誰に着替えを習えば良いのでしょうか?

「日本人が着物の着替えを習う?????」

「イギリス人が洋服の着替えを習う???」

「韓国人がチマチョゴリの着替えを習う?」

皆さんは着替えをこんな風に考えた事がありますか?

「日本人は着物に着替えられるのは普通です。」

「イギリス人は洋服に着替えられるのは普通です。」

「韓国人はチマチョゴリに着替えられるのは普通です。」

こんな理由からどこの国にも日本にも、
受け継がれた衣服文化の着替え教室は無いのです。

小庵「着らく」で着物に着替えている子供達は、
最初から自分で着物を着るのは着替えだと、
普通の常識で着物に着替えているだけです。

30年前の日本では国が認可を与えた着物教室で、
当たり前のように着替えを着付けだと教えていました。

資格を手にして着替えを教えている先生は、
今でも着替えを着付けだと信じていますか?

お着替え詐欺を考えた皆さんが、
たった一つの着物姿にこだわった理由は何ですか?

そのたった一つの手本通りに着替える事は、
着替えでも着付けだと教えた理由を知っていますか?


わざわざ世界の民族衣裳を研究しなくても、
着替えを着付けだと教えた国は日本だけです。

何故なら言葉の常識として、
着替えを着付けだとは言わないからです。(^_^;)

資格を手にして着物を教えている皆さんは、
着付け師を育てる為に着せ付けを教えていますか?
着方が分からない人に着替えを教えていますか?

こんな風に考えると教え方の工夫が生まれます。(#^.^#)

着替えでも着せ付けでも衣服としての常識はあります。
それは着ている本人の着心地と着やすさです。

生徒さんが古着屋さんで可愛い銘仙を見つけたら、
その着替え方を教えてあげれば良いのです。

「銘仙は着付け道具を嫌います。」

その事を生徒さんと一緒に着物から学べます。

「この着物は余りがダボダボしないから、
 コーリンベルトは必要ありませんね。」

着替えの着物姿は無限です。
生徒さんの輪も無限に広がります。(#^.^#)


気付いた先生なら資格を与えた教室の看板が無くても、
生徒さんを集められる事に気付いてくれます。(*^^)v

もしも若い人が古着屋さんで可愛い着物に出会い、
その着物に着替えたいと思った時は、
誰に着替えを習えば良いのでしょうか?

それは着替えと着付けの区別をしっかりと持って、
着物の着替えを教えている皆さんです。

過去の着物文化で詐欺師の皆さんが
たった一つの手本通りに着替える事は、
着替えでも着付けだと教える事に確執したのは、 
本当の事を言ってしまえば、
着替えを教えるのに資格も看板も必要ないからです。 


「これは世界共通の着替えの常識です。」   

今の着物文化に必要なのは、
普段着でもハレ着でも
誰でも普通に着替えられる環境です。(#^.^#)


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カラフル更新で目がチカチカしたらすいません。(・_・;)
posted by kiraku at 12:53| 愛知 ☁| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月25日

ハレ着に同じ着物姿はありません。(#^.^#)

今日のタイトルは「エッ、当然ですよ!」と言われそうですね。(^_^;)

ハレ着は広襟に仕立ててある理由は過去記事で何度も伝えています。
普段着はバチ襟に仕立てある理由も過去記事で何度も伝えています。

今だから理解できる事があるかも知れませんので、
もう一度その理由をお伝えすると、

ハレ着は一生に何度も着る機会のない着物です。
成人式で着た振り袖を次に着るのは独身の内に何度ありますか?
結婚してその振り袖の袂を短くした留袖も同じです。

昔の人はハレ着をタンスに仕舞う時は、
袖に躾糸を縫い付けて仕舞っていたのです。

皆さんにこの理由が分かりますか?

次にその晴れ着を出して着るのは何年後か、
何十年後かの子孫になるかも知れないからです。

ハレ着は一度着たら次に着るまでの時間が違うのです。
汚れないからその形のまま受け継がれる着物になります。

次に着るのは体型の変わった自分なのか?
それとも自分より背丈の違う子供か孫なのか?

誰が着てもそのままの形で着られるように、
襟を広くして裄の調整ができるようにしたのです。

ハレ着の広襟を全部広げているこの着物姿は、
受け継いだハレ着の襟の幅で裄を出している、
理に適った着こなしの着物姿になるのです。

001.JPG

皆さんにこの意味が分かりますか?

ハレ着には決まった着物姿の手本など、
着物文化の常識として存在してはいけないのです。

もしも手本通りに着られる世界があるとすれば、
それはバチ襟の普段着になるのです。

皆さんにこの意味が分かりますか?

普段着がバチ襟なのは毎日着るからです。
皆さんは毎日着ている洋服が汚れても、
めんどくさいと言って洗いませんか?

おそらく常識の範囲で洗濯をすると思います。

バチ襟の普段着も季節の変わり目には解いて、
洗い張りをして(洗濯)タンスに仕舞ったのです。

皆さんにこの意味が分かりますか?

バチ襟の着物を受け継ぐ時は、
洗い張りの終わった反物の形で受け継がれたのです。

今でもヤフオクを見れば、
解き反物として沢山の着物が出ています。

皆さんにこの意味が分かりますか?

普段着は解き反物として受け継がれ、
そして自分の体に合ったサイズに仕立て直したのです。

皆さんにこの意味が分かりますか?

もしも着替えに手本があるとしたら、
自分に合せた仕立てのできるバチ襟の着物なのです。

今は5センチのはしょりが流行っているから、
御祖母ちゃんのこの解き反物は長めに仕立てる!

袂の長さもバチ襟の着物なら、
その時代の流行で自由自在に出来たのです。

皆さんにこの意味が分かれば、
ハレ着の着物姿を一つの手本に合せると、
日本中で何が起こるのか・・・

本来の意味を知って、
日本に受け継がれた着物文化の惨状を、
皆さんの目で見て心で自覚して下さい。


最後に小声で独り言です。(^_^;)

「オレオレ詐欺は個人の罪でも、
 お着替え詐欺を認めたのは国の罪です。」

う〜ん、これを小声で言うのは私らしくない・・・(・_・;)

「詐欺大国と言われるまで、
 この国の着物文化を捻じ曲げたのは、
 他でもないお着替え詐欺を認めた国の責任です!」

「資格を手にして教えている先生は、
 被害者として堂々と言えば良いのです。」
posted by kiraku at 12:39| 愛知 ☀| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月24日

きもの文化を伝える楽しさは日本の財産です。(*^_^*)

今日のタイトルは・・・・・・う〜ん 伝え方が難しい!(^_^;)

「何が難しいのかと言えば、
 誰に伝えれば良いのでしょうか?」

国の財産とは子供や若い人達です。

その子供や若い人達に着物の常識を、
伝えられるのは誰なんでしょうか?

過去の着物文化で私が情けないと感じた事があります。
それは小さな子供や若い人を着物に関わる人達が毛嫌いした事です。

毛嫌いとは
《鳥獣が、相手の毛並みによって好き嫌いをするところから》
これという理由もなく、感情的に嫌うこと。わけもなく嫌うこと。

アッ、成人式だけは手の平を返したように若い人に群がり、
成人式が終わればもう用無しとばかりに離れて行くのです。(・_・;)

こんな時間を40年以上も続ければ、
子供や若い人にとって着物は七五三と成人式だけになり、
着物姿は一生に一度の一大イベントの道具にされ、
ド派手に着飾るだけのコスプレ衣裳になってしまいます。

「これはこれで楽しい世界だと思っています。」(#^.^#)

しかし、やり過ぎると着物文化から衣服としての常識は消え、
受け継がれた振袖があるのにサイズが合わない柄が古いと言われ、
着替える楽しさと温もりだけが完全に抜け落ちている気がします。

アッ!教育現場で着替えを着付けと言いながら
小さな子供や若い人に教えるのはもっと最悪です。(-_-;)

「では誰が本来の着物文化を、
 次の世代に伝えられるのでしょうか?」

こんな事を考えながら突き詰めて行くと、
先ずは日本中の人がお着替え詐欺に気付くのが一番!

この詐欺だけは警察も手が出せない!
親が気付いても着物に触れない事でしか対処できない!

世の中が間違いを認識しない限り、
間違いに気付いても正せない環境もあるのです。

やはり着物を教えている人達が気付いて、
過去の間違いを正して行くのが一番です。

先生自身が教えられた形に何の意味があるのか、
その意味と答えを知って
先生に資格を与えた人に聞いて下さい。

「自分では着替えられない着付けの形を、
 なんで着替えの手本にしたのでしょうか?」

003.JPG

「私には未だに分からない事があります。」

着替えを着付けと教えれば日本語の間違い!

着替えに着付けの手本を真似させる間違い!

最初から背中の帯を自分で結ばせる間違い!

着せ付け道具を使わせて着替えさせる間違い!

・・・・!・・・・!・・・・!・・・・!

今の小庵「着らく」の空気は、
気付いた間違いを一つ一つ正しただけの結果です。

私は気付いた着物文化の間違いを、
誰に伝えれば良かったのでしょうか? (・_・;)

着物に関わる人には先生も含めて伝えて来たのです。

「間違いを正すのは誰の仕事になるのでしょうか?」

分かっているのはこの20年間で、
着物文化は完全に崩壊している事です。

「今からでも間に合いますよ。」(#^.^#)

これからは着物に関わる皆さんで、
着物文化の間違いを正して見てはどうですか?

間違いを一つ一つ正して行くだけで、
今までの百倍は楽しい時間になります。(*^^)v


と・・・昨日はこんな更新をしようかと思いながら、
画面を残して更新しないまま寝てしまいました。(^_^;)

50年前の日本には着付け教室はありませんでした。

30年前の日本では日本中の着物教室で、
着替えを着付けだと当たり前のように教えていました。

20年前の日本では着物教室に生徒さんが集まらず、
名古屋でも着物教室の数が減っていたのです。

今は多くの教室が着付けから着方の表現に変わり、
着替えの形を模索している時代だと思っています。

皆さんは日本の現代ハレ着が大き過ぎる
ガバガバサイズになった理由を知っていますか?

受け継がれた着物文化には着替え辛いだけの、
ガバガバサイズの着物は少ない事を知っていますか?


遊びに来ている子供達は現代ハレ着を手にすると、
その大きさに着辛さと始末の大変さの意味は、
衣服の常識として大き過ぎると理解しています。

「何でわざわざ着替え辛い大きさに仕立てたの?」

この事を理解するには教える皆さんの引き出しに、
着心地と着やすさの着物姿を持てば良いのです。

生徒さんと一緒に過去の間違いを、
一つ一つ正して行くのは本当に楽しい時間になります。

それには先ず先生自身が、
着替えと着せ付けの区別をしっかりと持つ事です。

自分で衣服に着替えるのは着付けですか?

「それは誰が見ても着替えです。」

自分で衣服に着替えるのに手順や手本は必要ですか?

「手順と手本を示すから生徒さんは、
 着心地と着やすさを考えられないのです。」

先生自身も同じ体験をしていると思います。

「着心地と着やすさを考えて、
 着物に着替えた事はありますか?」

着替えを着付けだと教えられた人達にはその経験から、
着心地と着やすさは教えられると私は思っています。

着物に無関心な人でも、
着心地と着やすさを考えて着物に触れれば、
誰でも着物を好きになります。

背中のお太鼓も楽しい遊び道具になります。

「私は着物文化の楽しさを、
 誰に伝えれば良かったのでしょうか?」

「お着替え詐欺に注意しましょう!」

近い将来には着物を教えている教室で、
皆さんが生徒さんに伝える言葉になります。


もう直ぐ今月も終わります。
こんな内容の更新は平成で終わりにしたいと思います。

昭和の凸凹は平成で区切りを付けて、
晴れ晴れとした気持ちで新年号は迎えましょう。(#^.^#)
posted by kiraku at 14:22| 愛知 ☁| Comment(2) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月22日

受け継がれた着物は・・・(*^_^*)

今日のタイトルは素直な心で考えましょう。

「タンスに受け継がれた着物は誰が何のために残したのでしょう。」

一枚の布に託された着物時間は百年です。
着物は解けば仕立てる前の反物に戻せる衣服です。
その為に直線裁ちで仕立てられているのです。

百年前の洋服を解いても元の布には戻りません。
それは体に合せて曲線に裁断されているからです。
小さく仕立て直す事は出来ても裁断する前の、
広幅に織られた布の形には戻らないのです。

着物は浴衣も振り袖も解けば、
直線に裁断された八枚の布になります。

その布を縫い合わせると着物になる前の小幅の反物になるのです。

タンスの着物を捨てる前に浴衣でも振り袖でも解けば、
浴衣は五枚で豪華な振り袖は十枚にはなりません。
浴衣も振り袖も同じ形で裁断された八枚の布になります。

その断面を縫い合わせると、
買った時と同じ元の反物に戻るのです。

皆さんにこの意味が分かりますか?

私が不思議でならないのは、
日本にはどこの街にも着物を教える教室があり、
一枚の布に託された着物時間も教えているハズです。

それなのに遊びに来ている子供達にこの話をすると、
初めて聞かされた内容に驚くのは何故なんでしょうか?

この国の着物文化の常識は、
どんな言葉で伝えられているのでしょうか?

教えられた画一的な形で着るための衣服?

その形で着るのは大変だから、
タンスの置き物にして悦に浸るだけの衣服?

日本にはこれだけの着物教室があり、
どこの着物教室でも着替えを教えているのです。

お金を払い着替えを習ってでも着たい衣服だったのが、
着替えを覚えたら着たくない衣服になっていませんか?

前回の小庵「着らく」で遊びに来ていた子が、

「部活の勧誘に着物を着ても良いですか?」

普通の着替えを覚えると着物は誰でも着たくなるのです。

「現代晴れ着に帯枕は人を遠ざけるから、
 時代着物に帯枕を外して下駄にしてもおもしろい。」

大人は着物姿に選択を与える事が大切であって
どの着物姿を選ぶかは子供達のセンスと個性に任せる。

今の若い人には信じられないかも知れませんが、
御祖母さんやお母さん世代の人達は、
「着物に関わると恐い!」と感じた時代があったのです。

着物教室に行けば高価な着物や帯を買わされる!
着物店に行っても高価な着物や帯しか勧めない!

ユニクロで洋服を買っていた人でも、
着物に一歩足を踏み入れると絹のロングドレスを買わされる!

「着物に関わると恐い!」と言われたのは、
今の若い人には想像もできない時代の空気があったのです。

その頃に育った空気と言葉が「騙される人が悪い!」です。

アッ、平成も終わろうとしている現代では、
誰に聞いても「騙す人が悪い!」に戻っています。(*^^)v

今でも一部の人達は「騙される奴が悪い!」をスローガンに、
時代遅れのオレオレ仕事をされているようですね。(T_T)

タンスに受け継がれた着物は百年待ってくれます。

その時間とはどんな時代になっても百年先には、
すべてが変わっている時間でもあるのです。

百年前の常識も環境も今ではすべてが過去です。
それでも着物は日本のタンスに受け継がれています。

普通に着替えれば洋服よりも簡単で楽しい!
着物を教えている先生はその事を伝えられるのです。

着替えを着付けだと教えた過去を反省すれば、
百年先の笑顔に出会える素晴らしい仕事です。(#^.^#)


着物は日本中の人が着やすさと着心地で着る物です。

003.JPG

御祖母さんに聞いても教えてもらえない!
親に聞いても教えてもらえない!
着物店に行っても教えてもらえない!

資格を手にして着物を教えている先生には、
正しい着物を教える義務と責任があります。(*^_^*)
posted by kiraku at 12:38| 愛知 ☁| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月21日

着物の常識は健全でなくてはいけません。(#^.^#)

今日の名古屋は朝から雨で肌寒かったです。

昼前に雨が上がったので妻と大府市にある、
JAアグリタウン元気の里まで野菜を買いに行っていました。

フードコートで着物姿の女性に出会い、
お太鼓姿の着物姿に帯枕を外した姿を思い浮かべると・・・

やはり日本の着物姿を軽くするには、
着物を教える皆さんの力は必要ですね。(*^^)v

学校で教えられた事に間違いはありません。
意味は分からなくても取りあえず従えば心配はありません。
それが着物を教える先生と言われる人達の立場です。

大勢の生徒さんを育てる責任は、
着物を教える皆さんの言葉に存在します。

「着物文化の常識とは何ですか?」

ハレ着の広襟はどんな理由で広くなっていますか?

ハレ着の襟が広い理由は一生に何度も着ない着物だからです。
受け継がれたハレ着は襟の広さで裄を調整したのです。

襟の形をセンチの単位で決めるなど、
言語道断な非常識だと教えて下さいね。(*^^)v

001.JPG

普段着のバチ襟はどんな理由で狭くなっていますか?

着物の形は同じでも使用頻度が違うからです。
その意味を伝えれば着替え方は同じだと教えられます。

001.JPG

お太鼓は自分で結ぶ帯ですか?

見えない背中の帯は着付け師さんの結んだ帯です。
友達と着付け師ゴッコで遊べば楽しい帯結びになります。

012.JPG

着付け師さんの手を借りた、
お太鼓の着物姿で出掛ける先は?

そんな大層な着物姿で出掛ける先は、
通学通勤には不向きな事は誰でも分かります。

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何故なら、
現代のお太鼓の正装姿は昭和30年代に結婚式で流行った、
着付け師さんの着せ付けた留袖姿になるからです。

003.JPG

師弟関係で受け継がれた高度な技術で着せ付けた、
その着物姿をそのままそっくりパクリ!!!
これは着付けだと教えながら着替えを強要し!!
その着替えに着付けの資格と道具を売れば・・
 
「皆さんは健全な着物教室だと思いますか?」

着替えられた人は誰でも特技として、
「あんたその形に着替えたの!偉いね〜」と、
自分の体に着せ付けた特技を褒められるのです。

背中の帯まで自分で結ばせたら・・・
何も知らない子供には苦行以上の拷問です。

せめて背中の帯だけでも、
「着付け師ゴッコ」として遊ばせてあげて下さい。(#^.^#)


着物を教える先生の常識は、
健全でなくてはいけません。

健全とは、
(身体・精神などが)すこやかで異常のないさま。

着替えを着付けだと教えれば、
その時点で健全な心では無くなります。

生徒さんの素直な心を食い物にするよりも、
常識を教え大切に育てる方が遙かに楽で喜ばれます。


「資格を手にして教えている先生は、
 誰からどんな常識を教えられましたか?」
posted by kiraku at 19:57| 愛知 ☀| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月20日

タンスの着物を着ないのはもったいない!(#^.^#)

今日のタイトルもそのままの意味です。

ブログを通して同じ事を延々と伝えながら、
良くぞネタが尽きないものだと我ながら感心しています。

何も伝えずに今を生きるのは
ひょっとして何も変わらない現実は同じでも、
先で見る世界は天と地ほどの違いがあります。

と、昨日は遊びに来ていた大学生の子に話していました。

私は遊びに来ている子共達に着物の温もりを伝えながら、
最後に「私の言葉はすべて忘れても気にしない!」と伝えます。

皆さんにこの意味が分かりますか?

初めて聞かされる着物の話は頭に入らなくて当然なのです。
言葉の意味は着物に触れながら自分自身で辿り着く場所です。

ある時に突然「アッ、師匠の言っていたのはこの事なんだ!」と、
何年先でも何十年先でも思い出した時が理解する時です。

着物時間の百年とは、
どんな時代になったとしても、
着物は静かに待ってくれる時間なのです。

「タンスに受け継がれた着物は捨てないで下さい。」

皆さんがこの言葉の意味を理解する前に、
タンスから出されて捨てられた着物も沢山あります。

同じ事を延々と伝えながら、
捨てられた着物に新たな思い出を残している人も大勢います。

おかしな着物文化は昭和39年(1964年)に入り口を開き、
1980年代をピークにしてさまざまな流派が増え、
10年後の1990年代にはもう失速しているのです。

皆さんにこの意味が分かりますか?

たった数人の頭のおかしな人が流行らせた手本に、
日本中の人が騙されたのは着物文化千二百年の歴史の中で、
「たったこの程度の時間です。」

その結果として1990年代から着物離れと言われ、
2000年には着物無関心時代になっていたのです。

私が着方を通して本来の着物文化を伝え始めたのは、
2000年の8月からです。

当初はこんな分かりやすい詐欺は5年で何とかなる!
と、思っていたのですが・・・(・_・;)

「着物に関わる人はまったくの他人事で無関心!」

「着物を教える先生は自装を着替えなど論外!」

2009年からこのブログを始めたのは、
満身創痍の末に考え出した最後の手段です。

あれから10年の歳月が流れ私は今でも伝え続けています。
続けながらいつまで続ければいいのでしょうか?

こんな分かりやすい詐欺に付き合って、
40歳だった私が還暦になっているのです。(^_^;)

この十年で過去の着物文化を創り上げた人も、
一人二人と80歳半ばであの世に去っています。

私も95歳の母親を看取ったからなのでしょうか、
自分の行ないを正さないまま残された生徒さんに丸投げにして、
この世を去るのはあまり褒められた人生とは思えないのです。

小庵「着らく」には百歳を過ぎた着物と帯もあります。
どの着物や帯も思い出をたくさん残しています。

受け継がれた家で広げれば、
どれほど雄弁に思い出を語ってくれたのでしょう。(T_T)

着物は平安時代から受け継がれている、
日本人の温もりと感謝の心を伝えた衣服です。

それを子供に伝えるのは親の躾です。
その親が着物無関心世代になっているとしたら、
その親を躾けるのはその親の親です。
その親の親がお着替え詐欺に遭っているとしたら、
だれが本来の着物文化を伝えれば良いのでしょうか?

着物は他人事で無関心だった着物店ですか?
正しい日本語など論外な着物の先生ですか?

こんな悪循環が40年以上も続けば、
タンスの着物は生きた心地はしません。

「本来の着物文化を伝えるのは
 着物を教えている先生ではないのでしょうか?」

目の前の生徒さんに正しい事を教えれば、

「生徒さんから喜ばれ、
 タンスの着物からは感謝されます。」

生徒さんは先生を信頼して通っているのです。

「何か不都合な事がありますか?」

誰が着ても温かく包んでくれる着物に、
無関心になるのは勿体無いと思います。(#^.^#)


日本人なら一度くらい普通に着替えて、
その着心地と着やすさを知ってから、
着る着ないの選択をすれば良いのです。

「着替えられないから着ない!」
 
それは詐欺師に騙されているのと同じです。

「着物は難しいと騙されて、
 着ないのは悔しくないですか?」 


着物文化の温もりを伝えるのは、
先生と言われる人達の生きる為の仕事です。

こんなに楽しい着物文化を知らずに、
着物を教えている先生がいるとしたら、

それはお着替え詐欺に騙されているのと同じです。


「着物を教える人として悔しくないですか?」

皆さんは着物を教える先生です。
教える内容に間違いがあってはいけません。

「着替えを着付けや自装だと教えるのは論外!」
 
今なら着物の常識だと思いませんか?(#^.^#)


昨日は私が仕事をしながらの小庵「着らく」でしたが、
子供達の楽しい会話に大笑いをしました。(#^.^#)

友達に二重太鼓の結び方を教えている時の会話。

「この帯はバカ長いから・・・・」

袋帯も素直な子供の前では、ただのバカ長い帯でした。(#^.^#)

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棚から帯を選びながら

「この帯チョコレート色でおいしそう!」

小庵「着らく」19年の歴史で初めて帯を選ぶのに
おいしそうだと言って帯を決める子に出会えました!(#^.^#)

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「本来の着物文化とは、
 着替える風景に和みと温もりがあるのです。」(#^.^#)

時代着物を着こなしている子は2人とも3回目です。

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3人で何をしていると思いますか?
帯を結ぶ順番をジャンケンで決めていました。

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空気が育てば着なれる速度がどんどん早くなる!
 
皆さんにこの理由が分かりますか?

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着物好きな皆さんなら答えは簡単です。(*^^)v

着物を教えている先生は最初に教える内容です。(#^.^#)


着物文化は振興の時代ではありません。

捨てられる着物の惨状を見れば復旧と復興だと、
着物に関わるすべての人が気付けば良いのです。

皆さんが真剣に取り組めば、
振興の時代まで3年も掛かりません。
posted by kiraku at 21:25| 愛知 ☁| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月19日

なんで着物はお太鼓なのかな〜・・・個人的な独り言の更新です。(^_^;)

今日のタイトルは・・・伝えても無駄な独り言です。

「なんで着物はお太鼓なのかな〜?」

お太鼓が正装の帯結びはもう変えられない?

古い映画やテレビの時代劇ではお太鼓姿は珍しい・・・

せめて着せ付けの帯だと学校で教えてくれたら、
若い子の結ぶ帯ではありませんと言えるのですが・・・

「なんで着替えに結ぶ帯がお太鼓なのかな〜」

若い子がわざわざ着付け師さんに頼んで、
高いお金を払い結んでもらうような帯を結ぶのは、
身の丈にあっていない着物姿だと言えるのですが・・・

本当はお茶会でも学生の子は、
ウールの着物に半巾帯が正装になると思うのですが・・・

「そんな常識を教えたらお金儲けにならないですね。」

だとしたら今まで通り小庵「着らく」では、
意味を知って世間の非常識に合せなさいと教えるしかありません。(^_^;)

世間の常識が例え非常識だと分かっていても、
大人の決めた事に逆らうのは子供には無駄なストレスです。

しかし、世間の常識は理に適わなければ変化して行くものです。

私の若い頃はお葬式から帰ると玄関で必ず塩を体にかけていました。

周りの大人から聞かされた理由は、
葬儀から帰ったら塩で清めてから家に入らないとダメ!
子供ながらに不浄なものを清めるのだと理解していました。

しかし、何が不浄なのかが分からないまま、
最近は何故かこの習慣が無くなっているのです。

葬儀と着物文化を同じだとは思いませんが、
やはり今の古着市場で山積みされた着物を見ると、
何か釈然としない不条理さを感じます。

おそらく山積みされた着やすい着物は、
タンスから出た後の理不尽な扱いに驚いています。

「なんで着物はお太鼓なのでしょうかね〜」

お太鼓を結べる着物は限られています。

着やすい着物は例え名古屋帯でも帯枕を嫌います。
帯枕を外すだけで見た目の印象が時代に合うのは、
昔は帯枕を入れていなかったからです。

時代着物でも銘仙等は半巾帯がよく似合い、
名古屋帯でも帯枕は着物が嫌います。

「なんでお太鼓を庶民の着物姿にしたのかな〜」

お太鼓は庶民には縁の無かった帯なのです。
縁の無かった着せ付けの帯結びを、
自分で結びなさいと言われたのですから・・・
40年以上も着物好きな日本人を苦しめたのです。

私にはこれだけが未だに理解できません。
お父さんが首の後ろでネクタイを結びなさいと言われ、
その行為が40年以上も受け継がれているのです。

その技をわざわざ世界に出掛けて披露されても・・・

自分の背中で帯を結ぶのは、
着付けでも着替えでもありません。
海外の人から見るとそれは個人の特技です。

私が首の後ろでネクタイを結ぶ姿を披露したら、
皆さんは子供や孫に真似をしなさいと言うのかな?

着付けと着替えの意味をしっかりと伝えれば、
親から子に受け継がれない理由は誰でも気付く!
と、私は思っていたのですが・・・

私はストレッチ体操になるなら挑戦しますが、
その特技を人前で披露したいとは思いません。


個人的に思う独り言ですが、
頭のおかしな人が教えた特技を、
日本の着物文化にしてはいけません。


「着付け代を節約する為に練習する特技です。」
posted by kiraku at 00:18| 愛知 ☁| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月18日

きもの姿のイメージは多彩です。(#^.^#)

今日のタイトルは着替えを覚える楽しさ!

皆さんは着物姿のイメージを持っていますか?

同世代の人でも若い頃に憧れた着物姿と、
還暦を過ぎてからの着物姿ではイメージが違って当然です。

イメージとは
心に思い浮かべる姿や情景。ある物事についていだく全体的な感じ。

私には戦後の女性の着物姿は、
国から認可を受けた学校で同じ着物姿を強要された、
ファッションでは無く国民服のようなイメージがあります。

右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても、
着物を着用する時はセンチの単位まで似せてこの着物姿にしなさい。

この着物姿以外はダメだと言われたら、
皆さんはこの着物姿にどんなイメージを持てますか?

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通勤通学に似合う!
子育てはこの着物姿が一番!
夜桜見物にはこの着物姿しか無い!
彼氏とデートはこの着物姿で居酒屋!
この着物姿はディズニーランドが似合う!

たった一つの着物姿にその情景を合せても、
常識の範囲で考えてもかなりの無理があります。

破綻した着物学院はこの着物姿で通学をさせたのです。
冷静に考えれば毎朝この着物姿に着替えるのに、
ベットの上に着付け道具を並べて鏡を見ながら、
毎日同じ着物姿に自装して通学しなさいと言われたら、

「皆さんは耐えられますか?」

着物姿のイメージとは楽しいファッションです。

今日はこの帯をこんな風に結んで通学したら、

「キャー!ネコ柄の猫結び!カワイイ!ー」

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今日は帯枕を外して粋な感じで通学したら、

「キャー!着なれた感じでカッコイイ!」

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こんなイメージで日本中の人が着替えられたら、
街で着物姿の人に出会うのが楽しみになります。

帯締めを飾り結びにするのが得意な子もいれば、
衣紋の開け加減で自在に雰囲気を変える子もいれば、
創作の帯結びに長けた子もいるのです。

小庵「着らく」に形を教える先生がいないのは、
教える形が最初から存在しないからです。

帯結びの好きな子の結んだ着物姿には、
自然に友達が集まり帯結びを習っています。

この国には着物を教える教室があります。

若い人に着物文化を伝えられる環境はできています。

「問題はその教えている内容だけです。」

着物を教えている皆さんは、
生徒さんが集まらない理由に気付いていますか?


この国には着物を教える教室があります。

若い人に着物文化を伝えられる環境はできています。

「問題はその教えている内容だけです。」

「背中の帯を自分で結ばせてはいけません。」

「着替えを着付けだと教えてはいけません。」

「着物姿のイメージを一つにしてはいけません。」


先ずは着物の常識を教える事です。(*^^)v

アレレ?また目がチカチカするカラフル更新になりました!(^_^;)
先生が気付けば大勢の生徒さんが笑顔になれる!
そんな気持ちが色に出るのです。(#^.^#)
posted by kiraku at 08:42| 愛知 | Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月17日

きものに着替えない理由は? (*^_^*)

今日のタイトルは人それぞれですね。

着替えられる事を前提に考える?
着替えられない事を前提に考える?

着替えられる事を前提に考えると、

動きづらい?
洗濯がめんどくさい?
袖のぶらぶらが邪魔?

他は・・・何ですかね〜
アッ、男性の場合は奥さんの意見がありました。
旦那さんが着物でいるとお風呂掃除が頼みづらい!
あぐらをかくと前がはだけて見苦しい!
一緒に外を歩くのに旦那さんが着物では困る!

男性の着物姿は女性よりもかなりハードルが高いのです。(^_^;)

着替えられる事を前提に考えても、
着物は洋服よりもハードルが高いのは事実です。

昭和30年代から洋服の世界にファッション性が生まれ、
日本人の意識が着物から洋服に変わる転換期がありました。

下駄の需要が急速に落ちたのも昭和30年代です。
これは着物姿の減少と道路がアスファルトになったからです。

ファッション性を衣服の形で表現するなら、
着物は直線裁ちの形を変える事は出来なかったのです。

「着物を教えている先生に、
 この意味が分かりますか?」

着物のファッション性は、
個性に合せた着こなしと自由な帯結びなのです。

「着物を教えている先生に、
 この意味が分かりますか?」

着物から個性に合せた着こなしと、
帯結びで遊ぶ世界を奪ってしまえば何も残らないのです。

15年ほど前の話になりますが、
東京でファッションの勉強をしていた知り合いの娘さんが、
成人式に時代のある振り袖を探して来て、
花魁風に着こなして成人式に出たいと言ったのです。

その時に親子で何が一番苦労したのかと言うと、
娘さんのイメージで着せ付けのできる、
美容師さんを探す事だったそうです。

 「決められた形から外れると苦労するのは、
 決められた形があるからだと思いませんか?」

大きな風呂敷を体に巻けば、
衿を詰めなければ裄は出すぎてしまいます。

大きな風呂敷を体に巻けば、
合せた布はダブダブとあまり始末に困ります。

大きな風呂敷を体に巻けば、
余った布はダボダボとシワになり始末に困ります。

その始末を決められた手順と道具を使い、
決められた形にするのが着物の着替えなのでしょうか?

 「先ずは普通に着替えて、
 大き過ぎる事を教えてあげると楽しいですよ。」

着物を教えている先生はこの写真の着こなしを、
生徒さんに教えてあげて下さい。
受け継がれた裄の足りない晴れ着の広襟を、
そのまま広げて裄を出す着こなしです。

001.JPG


「帯結びも同じです。」

「四角四面のお太鼓は着替えの帯結びではありません!」
これを教えられるのは皆さんしかいないのです。

「先生から言われたから自分の背中に結びました。」
こんな過去も直ぐに正せるのです。

先生の言葉で、
「背中の帯は着付け師の結んだ帯ですから、
 お母さんか旦那さんに結び方を教えなさい。」

この一言で、
「日本中の人は帯の苦痛から解放されます。」

「着物を教える楽しさは、
 皆さんの一言で誰でも笑顔になれる事です。」


着物を教える楽しさは先生自身の引き出しに、
着物姿が増えた分だけ生徒さんの数も増えて行くのです。

もしも先生の引き出しに、
一つの手本と一つの着物姿しか無ければ、
逆に何を教えれば良いのか戸惑いませんか?

着物姿は無限です。
先生の引き出しに着物姿が増えれば、
集まる生徒さんも無限に広がります。(#^.^#)

着物のファッションは着こなしです。
それを奪うのでは無く、与えるのが先生の仕事です。

私にはこれだけ着物に無関心な時代になった今!
こんなに楽しい着物文化を教えている着物教室に、
生徒さんが集まらない理由がほんとうに分からないのです。

「皆さんが苦労されている理由は何ですか?」
posted by kiraku at 11:53| 愛知 ☀| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月16日

きものを教える楽しさ。(*^_^*)

今日のタイトルは教え方だと思います。

手本に合せて着替える楽しさもあれば、
手にした着物や帯に合わせて着替える楽しさもあります。

着物姿が無限にあるように
教え方も教える人の数だけあるのは当然です。

一つの手本に合せながら和気あいあいと着替える。
着物や帯に合わせながら和気あいあいと着替える。

日本人にとって着物に着替えるとは、
和気あいあいと楽しく着替える空気が大切です。

私が着替えの言葉にこだわる理由は他でもありません。

着替えを着付けだと言われてしまうと、
和気あいあいとした空気が一変してしまうからです。

着物教室は着物文化を教える場として考えれば、
過去の間違いを正す事もできると思っています。

着付けは昔なら髪結いさんや着付け師の仕事です。
素人の人が習う技術でもなければ、
師弟関係でしか受け継がれなかった高度な技術です。

「正しい着付けの意味を、
 生徒さんに教える事もできます。」

破綻した学院では振り袖の飾り結びを、
ハメ込み式の帯にして教材として売っていました。

着付けの意味は習っている生徒さんも知っていたハズです。

その教室で振り袖の飾り結びをハメ込み式にして、
自装だからこれを背負いなさいと言われたら、
違和感を感じながら従うにも限度を越えていた気がします。

「着物教室は何を教えれば良いの?」


今の日本は着物に無関心な人の方が圧倒的に多くなり、
浴衣に着替えた経験はあってもそれ以外の着物には、
触れた事もない若い人が大勢育ってしまいました。

男性は浴衣に着替えた経験すらない人もいます。

「今だから着物教室は必要です。」

何を教えるかは生徒さんの立場で考えれば良いのです。
着替え方は無限、着物姿も無限、教え方も人の数だけある。
その事を教えるだけでも教室に通う価値はあります。

手本だけを見て来た先生には戸惑いがあるかも知れません。

むかしの小庵「着らく」でこんな事がありました。
大手の着物学院で着物師範の資格を取りなさいと言われ、
その金額に驚いて小庵「着らく」に来た子がいます。

私が棚から好きな着物を出して着なさいと言うと、
その子は棚の前で立ちつくして「着れません」と言ったのです。

正確には伊達締めも補正道具も無く、
何をどうしろとも言われないので、
何をして良いのか分からなかったのだと思います。

手本と先生の指示に従いながらの着替えはありません。

この事を先生自身も自覚して、
教え方の工夫をすると楽しいと思います。

手っ取り早いのは従来の形で教える時は、
「着付けゴッコ」と最初から言ってしまう事です。

着替えを着付けと教えるよりも、
精神的にはかなり楽になると思います。(#^.^#)

皆さんは気付いていないだけで、
着替えを着付けだと教えるのは生徒さんよりも、
教えている方がストレスになっている事が多いです。

和気あいあいを意識しても、
空気が育たない原因にもなります。

アレ?今朝のカラフル更新は消したんですか?
ハイ、カラフル過ぎて目がチカチカしたので消しました。(*^^)v
posted by kiraku at 16:31| 愛知 ☀| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月15日

「きものはこれからの衣服!」その理由 (*^_^*)

今日のタイトルは
「着物を教える先生は明るい楽しい仕事になる!」(#^.^#)

このタイトルは私が小庵「着らく」を続けながら、
いつも思い続けていた事です。

日本にはこれだけ着物を教える先生がいるのに、
何でこんなオヤジが着物の着替えを教えるのか!

20年前は着物を教える先生からは露骨に敵視され、
着物を売るプロの皆さんからは暇人のように言われ、
「オイオイ、これは皆さんの仕事だ!」と思いながら、
情けない気持ちで続けていた時代もあったのです。

この数年は先生やプロの方でも会って話せば、
今ままでの間違いは10分もあれば納得してくれます。

「皆さんにこの理由が分かりますか?」

そうです!
着物は売れなくなり生徒さんも集まらなくなり、
何をやっても上手くいかない時代になって初めて、
人の話に耳を傾ける心の余裕が生まれたのです。(^_^;)

「皆さんも普通に考えて下さい。」

過去の40数年を振り返れば、
着物を教える皆さんは着替えを着付けだと教え、
洋服よりも簡単な衣服を難しく着替えなさいと教え、
着物を売るプロの皆さんは質素倹約を形にした衣服を、
高価なハレ着が着物だとお客さんに勧めたのです。

「バブル経済の時に日本中の人がおかしくなり、
 土地は永遠に上がり続けると言われた様に、
 着物も高価な装束だと皆さんが信じて教えたのです。」

そろそろ過去を反省して皆さん自身の言葉で、
本来の着物文化を伝えても良いのではないでしょうか?

「きものはこれからの衣服です。」

本来の形に戻せば無関心な人でも着たくなる!
それが温もりを伝えた着物文化です。

「皆さんにこの意味が分かります?」

50年前の日本で着物を教えると言えば、
和裁を習いに来る生徒さんを相手にしたのです。

今は着物を教えていますと言えば、
ほとんどの人が着替えを教えているのが現実です。

「皆さんにこの意味が分かりますか?」

50年前は着物教室=和裁を教える教室だったのが、
知らない間に着物教室=着替え教室になったのです。

着替え教室が増えて、
着物に着替えられない日本人が増えた???

「もしもこんな事が起きたら皆さんはどう思います。」

着替え教室で何かおかしな事が行われている!!!!
と、誰でも気付くと思うのですが・・・

「皆さんは不思議に思いませんでしたか?」

アッ、これは着物を教えている先生と、
私と同世代の人達にお尋ねしています。

「エッ、私が着物教室で習ったのは着付けです。」

着せ付けを習って資格を手にしたのなら、
子供やお孫さんに着付けてあげましたか?

「エッ、私が習った着付けは自装です。」

こんなトンチンカンな会話が、
20年前には着替えの常識になっていたのです。

誰が見ても教えている道具と内容は着せ付けでも、
生徒さんのやらされていた事は着替えなのです。

資格を手にして教えている先生は、
着替えを着付けだと教えられ、
その着替えに高価な資格を売りつけられ、
誰も詐欺だとは気付きませんでしたか?

「エッ、でも私の通った着物教室は、
 国から学校法人の認可を受けていました。」

お着替え詐欺を誰も疑わなかったのは、
最後のこの言葉で誰も疑えなかったのです。

国は日本中のタンスから着物が消えても、
認可を与えた責任と間違いを認める事はありません。

「最後は自己責任だと言われて終わりです。」


資格を手にして着物を教えている先生は、
意味を知って賢く生きる知恵を持てば良いのです。

資格は着物を教えるには立派な肩書きになります。
その肩書きを利用する賢さが問われている時代です。

「皆さんにこの意味が分かりますか?」

20年前と同じでは先が見えています。
着替えを習いに着ている生徒さんに何を教えますか?

「自分流の着替えですか?」
「それとも着替えを自装だと教えますか?」

2017年に大手の着物学院が破綻しました。
それでも皆さんの手にしている肩書きは生きています。

自分流に教える内容を誰からも縛られること無く、
手にした肩書きだけは今でも利用できるのです。

意味の無い資格に支払った高額なお金も、
着物を教える肩書き代金と思えば価値はあります。(*^^)v

賢く生きるとは、着物本来の意味を知って、
手にした資格を生徒さんの為に利用する事です。

これからの着物文化には、
過去の間違いに気付いた皆さんの肩書きは、
生徒さんを救う大きな力になります。(#^.^#)

生徒さんにとって大切な事は、
皆さんの肩書きよりも教える内容なのです。

それに気付いた先生には、
肩書きは無くても良いような気もします。(*^^)v

「私は一つの手本しか知りません!」

「きれいに着替えるコツは手本よりも、
 先生自身がいろんな着物に触れる事です。」

今まで通りの教え方を続けながら、
自分自身で自分流の着替え方を考えれば良いのです。

それには先ず生徒さんに対して、
過去の間違いを伝えるのではありません。
日本語を正しく伝えれば良いのです。

「今からこの着物姿の着替えを教えます。」

正しい日本語の環境が育てば、
自然な形で自分流の形が伝えられます。

皆さん自身が過去の着物文化では、
世間から忌み嫌われている、
お直しオバサンになっていたのです。

忌み嫌うとは
嫌って避ける。ひどくいやがる。

これからは肩書きを利用して、
世直しオバサンを育てれば良いのです。

その先にある20年後の姿を想像して下さい。(*^_^*)


posted by kiraku at 08:14| 愛知 ☀| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月13日

着物文化には環境作りが一番大切です。(#^.^#)

今日のタイトルは私がいつも感じる事です。

環境作りは昨日今日で作れるものではありません。
小庵「着らく」の空気も紆余曲折末に辿り着いた環境です。

しかし、今は20年前の環境とは違います。

「着替えを着付けと教えて資格を売れば詐欺になる!」

こんな当たり前の常識を言葉にできる時代になっています。
20年前には考えられなかった環境の変化です。

これからは着物を教えている先生達が、
着物文化の環境を変えて行く時代です。(*^_^*)

先生に正してもらわないと、
生徒さん達は何も言えない立場にいるのです。(T_T)

この国にはまだまだ沢山の着物教室があります。
日本中の着物教室が本来の着物文化を伝えれば、
着物文化の環境はあっという間に変わります。

着物に着替えて学校に行く!
着物に着替えて仕事に行く!
着物に着替えて遊びに行く!

日本では別に特別な事ではありません。(本当は!)

何が云いたいのかと言うと・・・
遊びに来ている子供達はもっと自由に、
着物に着替えて出掛けたいと思っています。



「それができる環境を作るのは誰ですか?」

着物教室でおかしな常識や、
決まり事を教えられては困るのです。

学校に行く時の着物姿の提案!
仕事に行く時の着物姿の提案!
遊びに行く時の着物姿の提案!

これを教え伝えるのが着物教室の仕事です。(*^_^*)

着物に好き勝手な格付けをしなくても、
振り袖姿で毎日学校に行く人はいません。
付下げ姿で毎日仕事に行くのは花柳界の人です。
昼間の会社で付下げは仕事になりません。
訪問着で遊びに行けるのは京都くらいです。
ディズニーランドはどんな着物姿が良いですか?

どちらにしてもシワを気にしながら、
この着物姿でウロウロされたら気を使います。

004.jpg

皆さんの引き出しには、
幾つの着物姿がありますか?

100ですか?
1000ですか?
10000ですか?

過去の着物教室では先生の引き出しには、
たった一つの着物姿しか無かったのです。

それでも着物講師として通用した時代もあった!
今から思うと着物文化にとっては恐怖の時代でした。

着物を教えている先生は生徒さんと一緒に楽しく、
着物姿の引き出しを増やして行けば良いのです。

「すると着物姿の引き出しは無限だと気付きます。」

着物の事を何も知らなかった素人の考えた、
たった一つの手本がどれほどお粗末な着物姿なのか、
先ずは無限の着物姿から自覚する事です。

この作業は本当に楽しい時間になりますよ。
何故なら、
引き出しが増える分だけ生徒さんの笑顔に出会える!(*^_^*)

この着物姿は昭和30年代に流行った
神前結婚式での留袖の着付け姿なのです。

004.jpg

当時は着付け教室はありません。

「皆さんにこの意味が分かりますか?」

シワの無い着方も背中の帯も、
最初から自分では着られない着せ付けの形を、
着替えの手本として教えたのです。(T_T)

生徒さんはシワ取りに苦労していませんか?
生徒さんは背中の帯で苦労していませんか?
生徒さんは着付け道具に悩んでいませんか?

「今も着付けの言葉にこだわる理由は、
 お着替え詐欺に使った手本は、
 あくまでも着せ付けの形だからです。」(^_^;)


誰がそんな事を創めたんですか?

「・・・・・・・・・・・・・・・」

国が認めた詐欺ですから言えません。

資格を手にして教えている先生は被害者です。
胸を張って間違いを正せる立場にあるのです。

手本と看板を自分流にすれば、
着物姿の引き出しは自然に増えます。(*^^)v


この国には大勢の着物を教える先生がいます。
皆さんが正しい着物文化を教えるだけで良いのです。

私には今まで正せなかった事が不思議でなりません。


ふ〜、言いたい事はまだまだ山ほどありますが、
これ以上カラフル更新を続けると日本中で、
お直しオバサンが着物鬱になるかも知れません。(^_^;)

若い頃にお着替え詐欺に遭い、
次にお直しオバサンと言われては気の毒です。
タンスの着物は捨てないで下さいね。

過去の着物文化は本当に罪が深すぎます。(T_T)

posted by kiraku at 00:09| 愛知 ☀| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月12日

着物の着替えを着付けと言ってはいけない理由!(*^_^*)

今日のタイトルは・・・普通に笑われるから!(*^^)v

着物教室や着物業界の謳い文句に「きもの振興」があります。
 
振興とは
物事を盛んにすること。また、盛んになること。

ほんとうにきもの振興を望むなら、
着替えに着付けの表現を死語にするのが一番!

だと私は思うのですが、皆さんは違いますか?

「着付け教室」の看板では、
過去のトラウマがあるから敷居が高い!

これからの日本では「着物にお着替え教室」

「きものに着替えてみませんか?」

こんな看板なら娘が行きたいと言えば私でも考えます。

これから先はくどいと言われるかもしれませんが、
季節になると現れる無料教室でも着替えをアピールしながら、
表現は相も変わらず着付けに拘る意味が分かりません。

テレビCMで堂々と
「当社は着替えを着付けだと嘘を教えている教室です。」


世界中を見ても、
「着替えを着付けだと嘘を教える学校はありません。」

これはこれで良心的なCMになるのでしょうが、
着物業界の評判を落とすだけで何のメリットも無いのです。


過去の日本で「きもの振興」の表彰を受けている人を見ると、
なぜかお着替え詐欺師の皆さんの表彰数がダントツなのを、

「皆さんは知っていましたか?」

日本の総理は過去の20年を失われた20年だと言う。

私は着物文化にとって過去の20年は、
反省から再生の20年だった気がします。(*^_^*)

私にはこのズレが理解できないのです。(・_・;)

きもの振興とは着物文化の振興なのか?
数字を上げれば何でもありの文化振興なのか?

それなら最初から、
詐欺振興と謳った方が良かった気がします。

アッ、そんな正直者は詐欺はしませんね。(^_^;)

「今年の花見はタンスを開けて、
 着物にも桜を見せてあげて下さいね。」(#^.^#)
posted by kiraku at 13:42| 愛知 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月11日

きものを難しく教えても何のメリットもありません。(#^.^#)

今日のタイトルはどう説明すれば良いのか?

おそらく着物を教えている先生は、
自分が難しく教えている自覚がない?

先生自身が着替えを着付けだと習ってしまい、
道具を使わない本来の着替えを知らない?

アッ、過去の着物教室で着替えを習った人は、
たかが着替えるだけに何でこんなに難しいの?
これも少し距離をおくとその理由が分かるのです。

「そうです!」

たかが着替えるだけに資格やら道具を売り付けるには、
どれほど無駄な手順と道具と言葉が必要なのかが分かるのです。(^_^;)

着物に着替えたくて着物教室に通い、
もしも今でも着替えを着付けだと教えていたら、
それは先生自身が着替えを教えている自覚がないのです。

「皆さんにこの意味が分かりますか?」

「皆さんの習っているのは単なる着替えです。」         

「皆さんの教えている事は単なる着替えです。」


単なるとは
それだけで、ほかに何も含まないさま。

「ただの着替えなのです。」

「これはどう対処すればいいのか?」

もしも皆さんの周りでひょっとして今でも、
おかしな着替えを教えている先生がいたら・・・

もしも皆さんの周りでひょっとして今でも、
おかしな着替えを習っている生徒さんがいたら・・・

着物を通して日本中の人が笑顔になる未来を、
皆さん自身で想像しながら何かをすれば良いのです。
(*^^)v (*^_^*) (#^.^#) ヽ(^。^)ノ

「未来を明るく思い描くのは楽しい事です。」(*^_^*)

私は2000年から19年後の今を思い描いて、
着方を通して本来の着物文化を伝えて来ただけです。

そして2009年から10年後の今を思い描いて、
ブログを通して着物の楽しさを伝えて来ただけです。

20年後の未来とは・・・この子が

010.JPG

二十歳になり着物を通して笑顔に包まれる姿です。

025.JPG

日本がどんな国に変貌しても、
皆さんの周りは着物を通して笑顔に溢れています。

008.JPG

今!今!今!で、今を考えても何も変わりません。

3年先の笑顔に向かって歩けば何かが変わります。
5年先の笑顔に向かって歩けば今の問題も変わります。
10年先の笑顔に向かって歩けば今は小さくなります。

今、今、今で歩き続けると・・・・・
20年後の今も同じ問題を抱えて生きている!

還暦になってそんな人に出会うと悲しくなります。

アッ、着物に関わる人との縁を遠ざけたのも、
悲しくなりたく無かったのかも知れませんね。(#^.^#)

今!今!今!だけの人や社会と向き合うと、
その今に何十年も付き合わされる事もあります。
これだけは相手が気付かなければ、
ほんとうに辛い時間になるかも知れません。(T_T)



「自分を信じて諦めなければ、
 明かりの見えない未来はありません。」!(^^)!

「皆さんは温もりを伝えた着物を通して、
 楽しく3年先の笑顔に向かって歩いて下さいね。」(*^^)v


教える先生にも、習う生徒さんにも、
その権利と義務と責任があるのです。(#^.^#)
posted by kiraku at 05:22| 愛知 ☔| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月10日

きものは誰でも・・・(^_^;)

今日のタイトルは尻切れトンボ!

「日本人なら誰でも着物は着られる!」

小庵「着らく」の空気に染まってしまうと、
こんなタイトルは何か違和感を感じてしまいます。

「日本人なら誰でも・・・・・」
この次の言葉が思い浮かばないのです。

「皆さんにとって着物とはどんな衣服ですか?」

先ほどパソコンを開いたら、
ヤフーニュースにこんな見出しの記事がありました。

「福島第一事故の対応に最大81兆円 シンクタンクが試算」

日本の抱える負債が1071兆円と言われていますから、
まあ、それほど大した金額ではないのでしょう。(^_^;)

しかし、誰の負債を誰が返済して行くのか?
なぜか一番大事な当事者がまったく見えない!

アッ、なんで原発の話をしたのかと言うと、
戦後の日本にほとんど同時期に現れたのが着付け教室と原発なのです。
なぜかどちらも一度出現してからの増殖力は凄まじかった!

後先を考えずに増殖するスピードは、
目の前にぶら下がるニンジンを追いかける馬の姿を連想します。

40数年経って日本の現実を見渡すと、
着物教室は日本中に点在しているのに、
着物に着替えられない事が当たり前の国民になっている?

後先を考えずに走るには、
40年以上の時間は長過ぎる気がします。(^_^;)

しかし、ご安心下さい!
着物教室は国の干渉を受けないのです。

個々の先生は人として、
本来の着物文化を伝える権利を持っています。

皆さんにこの意味が分かりますか?

国は着替えを着付けだと教えなさいとは、
最初から指導していたのではありません。

無責任に経済効果があるから黙認しただけです。

皆さんにこの意味が分かりますか?

個々の先生は正しい言葉で、
着物文化を伝える義務と責任があるのです。

正しい事を生徒さんに教えるのは難しいですか?

小庵「着らく」では
「着物に着替えられないのは恥ずかしい!」
こんな当たり前の常識で着物に着替えているのです。

着物を教える皆さんは、
正しい事を教える権利と責任がある!
 
生徒さんの笑顔を大切にして下さい。(#^.^#)  
posted by kiraku at 15:10| 愛知 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月09日

きものは特別な衣服ではありません。(*^_^*)

今日は今年大学を卒業する子供達が6人で遊びに来ていました。
去年の卒業生を思い出しながら今年の四年生は着替えるのかな?

「エッ、卒業前は着替えないの?」

「アッ、この時期に四年生だけで来ると、
 何となくのんびりとして着替えない空気になります。」

「師匠、おはようございます。」

001.JPG

奥の秘密基地に入り・・・動かない!

003.JPG

賑やかな笑い声は聞こえるのですが出て来ない!

私が何も言わないのは4年生に伝える事は何も無いので、
話に飽きて着替えたくなったら着替えるだろうと思っているのです。

しかし、今年の4年生は話題が尽きない様子!

そのまま時間が流れ・・・・・
一度も着替えないまま満足した顔で、
「ごちそうさまでしたー!」と帰って行ったのです。(*^^)v

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「今年の四年生は私の介護生活と完全に重なってしまい、
 その間もしっかりと後輩を育ててくれた子供達です。」

そのお礼と感謝を込めて、おでんにオヤツに・・・・・
一度も秘密基地から出ないまま帰って行ったのです。(^_^;)

アッ、着替えはじめればオヤツを作るのをやめたのですが、
着替える気配が無かったので私も退屈で退屈で・・・

おそらく今日一日で全員太ったかも知れません。(*^_^*)

「きものを着たければ着替えればいい、
 楽しい時間なら無理に着替えなくてもいい。」

日本人にとって着物とは、
着替えられる事は常識として考えれば、
私はこんな空気も大切だと思っています。(#^.^#)

皆さんにこの意味が分かりますか?

今の小庵「着らく」の空気は着物も洋服も、
同じように着替えていた50年前の日本の姿です。


皆さんにこの空気が分かりますか?

「普通に着物を着ている子供達には
 反対に着替えられない事が不思議なのです。」

これは50年前の日本では着物の常識です。

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私は着なれない子には着物の温もりはしっかりと伝え、
楽しく着替えられる空気だけは大切にしています。

過去の着物文化を見れば、
着替えを着付けだと教えた時点で、
完全に常軌を逸した着替え方になるのです。

常軌を逸するとは
普通と違った、常識外れの言動をとる。


小庵「着らく」で先輩が後輩に伝えている着替えは?

お母さんがパジャマに着替えられない子供に、
パジャマを着せる姿を思い浮かべれば良いのです。

パジャマに着替えられない子供に言葉で、
「このボタンは・・」などと教えますか?

「そうです!」

「先輩は言葉よりも先に手を貸しているのです。」(*^^)v

「着替えは習うよりも自然に着なれるものです。」 


日本の着物文化には、
こんな常識も理解されない時代もあったのです。

きものは特別に難しい衣服ではありません。
難しいと感じたら・・・
初めてのパジャマを思い出して下さい。
習った覚えは無くても、
気が付いたら自分で洋服も着ていた!(*^^)v

着物を教える時はこんな常識に立ち戻り、
教え方の工夫をすると教室の空気は変わります。(#^.^#)
posted by kiraku at 22:15| 愛知 ☁| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月08日

きものにも還暦はあります。 (#^.^#)

今日のタイトルは時代着物について、
古着屋さんに並ぶ着やすい着物はほとんどが還暦世代です。

「皆さんにこの意味が分かりますか?」

この質問は、
着物のプロと言われている皆さんにお聞きしています。

小庵「着らく」の棚に一段だけ還暦世代の着物をまとめると、
棚に積まれた着物から縫い糸がチラチラと伸びているのです。

そうです!
還暦世代の着物はそろそろ縫い糸の寿命が来ている着物なのです。
お客さんに売った着物は次の世代に受け継がれる準備をする時期です。

ハレ着は洗い張りをするほど汚れてはいないかも知れません。
しかし、寸法直しも兼ねて仕立て直す時期でもあるのです。

タンスに残されている60年前の着物は、
まだ日本にお着替え詐欺の現れる前の着物です。

「皆さんにこの意味が分かりますか?」

そうです!
裾に汚れや擦り切れた破れのある着物も沢山あります。
二代目の着物店であれば先代の売った着物です。

着物の温もりを伝え続けた着物店は、
60年前に先代の売った着物の、
洗い張りと仕立て直しで忙しいのです。!(^^)!

この時代に暇な着物店はどんなに立派な店舗でも、
お着替え詐欺の片棒を担いだお店だと分かります。(^_^;)

きものは百年受け継がれる衣服です。
還暦世代の着物に触れると、
その意味を知った職人さんの気概があります。

気概とは
困難にくじけない強い意思

「現代の着物とは何が違うと思いますか?」

「その違いを着心地と着やすさから伝えるのが、
 着物のプロと言われる人の仕事ではありませんか?」

「そろそろお着替え詐欺の呪縛から、
 自分達の売った着物とお客さんを、
 助けてあげても良いのではないでしょうか?」

「タンスに残されている還暦世代の着物は、
 子孫に着られるのを待ち続けた着物なのです。」

「現代の古着市場の惨状を見ても、
 着物のプロとして何も感じませんか?」

惨状とは
目も当てられないほど痛ましく、むごたらしい有様。 

posted by kiraku at 09:32| 愛知 ☀| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月07日

誰でも簡単に・・・きものに着替えるコツは一つでした!ヽ(^。^)ノ

今日のタイトルは昨夜気付きました!(*^^)v

「オイ、オイ、まだ発展途上なんかい!」

着物文化には千二百年の歴史があります。
まだ還暦になったばかりの私がすべてを知るのは無理!(^_^;)
昨夜は今日の更新内容を考えながらフッと気付いたのです。

着物に着替えるコツは巻き方と腰紐の二つ位です。

こんな簡単な衣服を日本中の人が「着替えられない!」
こんな簡単な衣服に着替えるだけで周りから、
「偉いね〜」と褒められたのはナゼなんでしょうか?

昨夜はこんな事を考えながら、
このモヤモヤとする心の気持ち悪さを感じながら・・・アッ!

「着物に着替えるコツは巻き方でも腰紐でもなく、
 誰でも簡単に着替えられるコツは一つなんだ!」

考えたら着物を伝えている私自身も、
お着替え詐欺やお直しオバサン世代でした。(/_;)


今の若い人ならそのコツを伝えても一言です。

「エッ、何それ?」

「何それと言われても・・・
 還暦爺さんは昨夜やっと気付いたのです。」(^_^;)

昨夜はこの事に気付いてから、
「老いては若い人に従え!」を痛感しました。(*^_^*)

着物に無関心な世代が、
これからの日本と着物文化を明るくしてくれます。

着物に無関心な若者世代には、
日本中の人を40年以上も苦しめた、
手本も決まり事も最初から存在しないのです。(*^^)v

しかし、若い人達でも着物に関心を持つと、
世間の手本や決まり事に染まり始めてしまいます。

「皆さんにお願いしたいのは、
 若い人には本来の着物文化を伝えて下さい。」

「それが自分では着替えられない奇々怪々な、
 着物文化を放置した大人の自覚と責任です。」

着物を教える先生は生徒さんが困った顔をしたら、
その困った顔を笑顔にする工夫を伝えてあげる事です。

着物を手にしたら最初にその着物を羽織らせて、
それからそのサイズに合せた着方の工夫をする!

裄が足りなければ衿を全体に広げて裄を出す!

裄が長ければ衿を詰めるか折り加減で調整する!

着物の丈ははしょりの長さで加減する!
 
はしょりの長さを出したい時はその工夫を伝える!

身幅の広い着物には着付け道具の便利さを教える!

身幅の狭い着物には道具を使わない意味を教える!

「着物を簡単に着替えるコツは、
 手本と決まり事を最初から持たない事でした!」

これは私も不思議に思っていた事なのですが、
何も教えない方が子供達はきれいに着替えるのです。

10回目のオレンジ名札になる頃には、
友達の着せ付けもしっかりと出来るようになっている。

「エッ、いつの間にこんな着こなしを覚えたの?」
「エッ、教えていないのに友達に着せ付けをしている!」

なぜだ?何故だ?何故なんだ????????

子供達に着替えと着せ付けを教えていたのは、
手にした着物と帯が優しい言葉で伝えていました。

着心地も着やすさも着こなしもすべて、
受け継がれた着物や帯と楽しく会話をしながら、
自然な形で学んでいたのです。

大人がありもしない形や決まり事を押し付けなければ、
着物は日本中を元気な笑顔にする力を持っています。

その事を伝えるだけで着物は誰でも着替えられます。

「着物に着替えるコツは一つだけ!
 ありもしない形と決まり事を押し付けない!」

今では日本中の着物教室で伝えている事です。(*^_^*)

もしも身近にそんな教室が無ければ、
皆さんの言葉で周りの若い人に伝えてあげて下さいね。

「この形で着替えたい!」と言われたら、
「将軍家のお姫様ゴッゴですよ」と伝えてから、
楽しく笑顔で教えてあげれば良いのです。(#^.^#)

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私が小庵「着らく」を始める遙か昔に、
近所の着物店でブログで伝えている内容と同じような話をした事があります。
するとご主人はこんな事を言われました。

「そんな話は新しい着物が売れなくなるだけでなんのメリットも無い!」

着られない高価な着物や帯が売れた時代に、
ほんとうに馬鹿な話だったのかも知れません。

しかし、着られない高価な着物と帯が、
永遠に売れ続けると思っていたとしたら・・・
ご主人はお着替え詐欺の片棒を担ぐのに必死で、
ご自分が何を売っているのかも忘れていた気がします。

アッ、そのお店は10年以上前に無くなり、
今は美味しいラーメン屋さんになっています。(^_^;)

着物は百年先まで受け継がれる衣服です。
今からでもまだ間に合う!
現代のプリント柄の着物よりも、
遙かに高価な着物が捨てられている時代です。
先ずは着物を捨てさせない為にも、
着物本来の温もりを伝えるのが先だとは思いませんか?

と、ラーメン屋さんでは話せないのです。(^_^;)
posted by kiraku at 12:44| 愛知 ☁| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月06日

きものは楽しいー!(*^^)v それとも苦しいー!(T_T)

今日のタイトルは19年前から伝え続けている言葉です。

「着物は楽しいか?」

「着物は苦しいか?」

着物を脱いだ時に「アー、苦しかった!」「やっと解放された!」
こんな言葉を当たり前のように聞かされた時代がありました。

「オイ、オイ、着物は苦しいのかい!」

皆さんは着物に対してどんなイメージを持っているのでしょうか?
おそらく無関心な人は「着物は苦しいー!」と思っていませんか?
昔の着物教室を経験した人も同じように着物は苦しいだけですか?

だとしたら、日本人としてこれほど悲しい事はありません。

日本人は着ていて苦しいだけの衣服を、
千二百年も着続けた民族になってしまいます。(/_;)

昔からこんな言葉を口にする着物のプロがいます。

「ハレ着と普段着は着方が違う。」

皆さんはこの意味が分かりますか?
私には何を言っているのか理解できないのです。

着物を教える先生はどんな答えを持って教えているのか?
何が違うのか分かる人がいたら教えて下さい。(*^_^*)

私の答えをお伝えすると、

「ハレ着も普段着も着方は同じです。」

ハレ着に着替えた子も普段着の子にも同じように、

「着物は苦しいか?」

「苦しくないです!」

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これは衣服の常識だと思いませんか?(*^_^*)

「着ている本人が苦しいと感じて、
 それを我慢しなさいと言われたら二度と着ない!」

これもハレ着や普段着に関係なく、
人としての常識だと思いませんか?

「着物を苦しいと感じたら理由を探すのは簡単です。」

苦しいと思っている本人が、
その苦しいと感じる場所を探せば良いのです。

次にその原因を取り除けば楽になると思いませんか?

皆さんは苦しいと感じた時に何か工夫をしましたか?

着ている本人が苦しいと感じながら、
その苦しさを取り除く工夫もできない??????

「きものは人としての尊厳を持って着れば楽になる!」

「苦しくても、痛くても、窮屈でも、
 教えられた通りに我慢して着なさい!」

今では笑い話ですが、
過去にはそんな理不尽な空気で着替えを強要した
奇々怪々な着物教室もあったのです。(^_^;)

理不尽とは
理にかなわない仕方で行うこと。その態度・様子。



posted by kiraku at 09:31| 愛知 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月05日

きものは誰でも自由に着替える権利がある! (*^_^*)

今日のタイトルもおかしなタイトルですね。(^_^;)

「着物は自由に着替えてはいけなかった!」
こんな時代が無ければ意味不明なタイトルになってしまいます。

今の若い人には意味不明なタイトルでも、
御祖母さん世代の意識を変えるには必要なタイトルなのです。

お直しオバサン世代の考え方が変われば、
着物文化の見晴らしはかなりよくなります。

アッ、お直しオバサンは皆さんが思っているほど、
大勢いるわけではありません。

前回の更新で載せたこの写真は
まだ日本にお着替え詐欺の現れる前の昭和30年の写真です。

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私が昭和32年生まれですから、
この赤ちゃんも現在は還暦を過ぎていますね。(*^_^*)

お着替え詐欺の嵐が吹き荒れる前の日本では、
衣服としての着物はしっかりと存在していて、
日本中の人は洋服のように着物に着替えていたのです。

「何で日本人は着物に着替えられなくなったの?」

この問題を真剣に考えるのは、
仕事として着物を扱っている皆さんです。

もしも過去に間違いがあったとしたら、
それを正して行くのは着物を教えている皆さんの仕事です。

私が今でも不思議でならないのは、
一個人の詐欺行為に国が認可を与え、
その間違いを指摘されても、
誰も責任を感じないまま放置した事です。

一度認めた事は例え詐欺行為であっても、
覆すことは国の威信にかかわる?????

その行為を黙認する事の方が国の威信にかかわる!
とは誰も思わなかったのでしょうか?(・・;)

だとしたら・・・
言葉と行ないに責任の存在しない、
考えても恐ろしい国になってしまいます。

「それが今の着物無関心世代を育てた気がします。」

世間に合せた形で着物に着替える時は、
その意味を知って付き合うと楽しい!!!!!

と、私は遊びに来ている子共達には、
おかしな時代に流されるのではなく、
意味を知って賢く生きなさいと伝えています。

この言葉はそのまま、
着物を教える先生が生徒さんに伝えれば良いのです。

親先生の顔色を見るよりも、
生徒さんの笑顔に目を向ければ簡単な事です。

理想は親先生が気付いて正す事です。

理想は親先生に間違いを伝えた人が正す事です。
「上に行けば行くほど間違いを正すのが難しくなるのは、
 定年齢を上げると国の勢いが無くなると同じです。」

今は世の中の流れや動きを見ていると、
それが出来る時代まで国民の意識は育っています。

意識とは、
自分が現在何をやっているか、
今はどんな状況なのかなどが自分でわかる、心の働き。

「間違いを正すのはそれほど難しくありません。
 素直な気持ちをそのまま言葉にすれば良いのです。」


「この形は着せ付けの着物姿です。
 だから最初から着付けだと言葉にして教えています。
 間違っても自分の体に着せ付けてはいけません!」

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「エッ、この形で着るのは自装だと習いました!」

「着付けとは人の体に着せ付ける事ですよ。
 着付けに自装などあるハズがありません!」

「エッ、でも昨日まで先生が・・・・」

「私も間違いに気付いたのは昨日です。
 だから今日から間違いを正して教えます。
 何か文句があるなら他の教室に行きなさい!」

「エッ、他の教室では今でも自装ですか?」

「おそらく今でも自装です。」

「なら先生に習いたいです!」(#^.^#)

「正さないまま続ける苦痛に比べれば、
 正す事など一瞬の戸惑いでしかありません。
 先ずは言葉の間違いをしっかりと正す事です。」


「着付けに自装など無い!」

着付けと言葉にしたら着せ付けを教え、
着替えと言葉にすれば着物姿は無限です。

「着替えと教える方が、
 教え方の楽しさも無限に広がりますよ。」(*^^)v

アッ!過去の習慣でもしも、
着替えを着付けと言ってしまったら、
直ぐに訂正して下さいね。

「自分で着物を着るのは着替えです。」

これはもう日本の常識になっています。(*^^)v
posted by kiraku at 12:54| 愛知 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月04日

きものは誰が何の目的で着る物なの? (#^.^#)

今日のタイトルは不思議なタイトルになってしまった!(^_^;)

どんなタイトルにしようかと思いながら、
きものを着て出掛けてご近所さんに会うとめんどくさい!
こんな話を思い出してこのタイトルにしたのです。

きものは誰が=着物の好きな人が
何の目的で=洋服よりも楽だから
普通に着ているだけではダメですかね〜(^_^;)

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きものは楽しいから着るではダメですかね〜(^_^;)

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きものは楽だから着るではダメですかね〜(^_^;)

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きものは普通に着替えてはダメですかね〜(^_^;)

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「きものは誰が何の目的で着る物なの?」

こんな質問はおかしいのです。

 「きものは誰が何の目的で、
 自分では着替えられない画一的な形にしたの?」

明治時代に着せ付けの形で頂点にあった着物姿。
これは着せ付けの形ですが・・・どこかで見たような?

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庶民にこの形で着替えなさいとは言えない!
庶民はこんな風に着替えたいとは誰も思わない!


何で? 
それは将軍家の着せ付けの形だからです。

着付けをした人の緊張を想像して下さい。
衿は揃えないと失礼になる!
シワがあっては失礼になる!

なぜならこれは日本の頂点にいた人の、
記念写真を撮るために着せ付けた着物姿です。

日本の着物姿を誰が何の目的で、
自分では着られない画一的な形にしたのでしょうか?

庶民がこんな着物姿に着替えて、
街を歩けば誰でも不思議に思います。

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アレレ!!!!!
何か似たような着付けの形がありました!


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誰が何の目的で着せ付けの形を、
着付けだと教えて着替えさせたのか?

資格を手にして教えている先生はその理由と、
教えている形の意味を知っているのでしょうか?

着物姿を画一的にして、真に受ける姿に喜び、
背中の帯を自分で結ばせて、その姿に満足して
皆さんにおかしな資格を売りつけて、
お金儲けをした人が過去にいたのかも知れません。 


この着物姿では誰が何の目的で着るのか?
私でも気になって思わず聞くかも知れません。

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アッ、着替えの世界では
「将軍家のお姫様ゴッコ」として遊べば、
かなり楽しい着物姿になりますよ。ヽ(^。^)ノ

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「きものは誰が何の目的で着る物なの?」

昭和30年代に生まれた人は着物文化を通して、
おかしな時代を生きたのかも知れませんね。(^_^;)

この赤ちゃんのお母さんも10年後には・・・

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将軍家の着物姿になるのか!
それとも着物をやめて洋服にするのか!

皆さんのお母さんはどちらを選択しましたか?

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着物を教えている先生は形の意味を知って、
生徒さんに伝えるのも仕事ではないでしょうか?

意味を知って形を教えれば、
楽しい将軍家のお姫様ゴッコとして遊べます。

生徒さんを騙すよりも一緒に遊ぶ方が楽しい! 

舞台の上で着替えの舞を披露しても、
「お姫様ゴッコ着替えの舞」なら楽しそうです。


新年号の発表まで一ヶ月を切りました。
新しい年号は晴れ晴れとした気持ちで、
生徒さんと楽しく着物に触れて下さいね。(*^^)v

今から本来の着物文化を伝えれば、
一か月後には御着物から御が取れて、
着付けの言葉は耳障りになりますよ。(*^_^*)
posted by kiraku at 12:48| 愛知 ☔| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月03日

きものは正しい日本語で教える!(*^^)v

今日のタイトルは日本語の話せる人なら誰でも分かる!(*^^)v

私が着替えと着付けの違いをブログで伝え始めて丸10年です。
ブログの表紙に書かれている文章は10年前から同じです。

さすがに今でも着替えを着付けだと教えている教室があるとは思いません。
しかし、同世代の人と話をすると今でも「着物=着付け」なのです。(^_^;)

これだけは世代が入れ替わるまで、
後20年は続くのでしょうかね〜(・_・;)

その間にも無関心な人は、
着物の楽しさを知らないまま時は流れ、
完全に世代の入れ替わる20年後を待っていたら、

二十歳の人でも四十路になり、「今さら着物?」
三十路の人は五十路になり、「今さら聞きづらい?」

するとその子供やお孫さんは誰にも聞けない!

こんな未来を作らない為にも、
着物を教えている先生の力が必要なのです。

今の生徒さんに正しい日本語で着物文化を伝えれば、
10年後には生徒さんは親として子供に伝えてくれます。

「今日はお母さんと着物に着替えて食事に行く?」

「ワーイ、私は御祖母ちゃんの赤いウールが良い!」

「お母さんは御祖母ちゃんの紬にするね。」(#^.^#)

教える内容は急には変わらないと思います。
それでも自らの言葉で間違いを正して行くだけで、
着物を教える環境に嘘は無くなります。

すると自然に教え方にも工夫は生まれるのです。

この着物姿は無限にある着物姿の一つでしかない!

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皆さんは教えている着物姿の始まりを知っていますか?

まさか江戸時代から日本人は、
センチの指摘をした画一的な着物姿で生活していた?

まさか江戸時代から日本人は、
習い事として着物の着替えを習っていたと思いますか?

まさか江戸時代から日本人は、
着物に格付けをして厳しい決まり事を守っていた?

着物文化から、
着替えを着付けだと教える嘘を正すだけで、
着物を教える楽しさは無限に広がる意味は、
本来の着物文化には無限の着物姿があるからです。

その楽しさを伝えられるのが、
着物を教えている皆さんの仕事です。

着替えを着付けだと教えるからこの形に縛られる!
教えている皆さんはこの形の入り口を知っていますか?

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小庵「着らく」には着物教室が日本にできる前の、
昭和30年に撮られた写真があります。

その写真を見れば戦後の一時期に流行した、
まさに着付け師の着せ付けた形だと分かります。

皆さんは生徒さんにその着せ付けの形を示して、
自分の体に着せ付けなさいと教えていたのです。

今日からはこの手本を示して、
生徒さんには、
「この形に着替えなさい」と教えれば良いのです。

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「エッ!それでは前と変わりませんよ。」

と、思ってもそれがまったく違うのです。(#^.^#)

着付け=詐欺師の考えた決まり事が付いて来る!

着替え=自由な着物姿の一つだと自然に分かる!


資格を手にして教えている先生は、
紛れも無くお着替え詐欺の被害者なのです。

なぜなら最初に教室を創った人には、
資格を与えた人は誰もいなかったからです。(・_・;)

皆さんにこの意味が分かりますか?

皆さんの手にしている資格は最初に教室を創った人が、
好き勝手に考え出した根拠のない資格なのです。

皆さんは自分で着物に着替えながら、
それを着替えだと習いましたか?

着付けだと思うからセンチの決まり事も真に受け、
着付けだと教えられたから背中の帯も
「難しい!」「大変だ!」「ナンテ日だ!」と思いながら、
自分の背中に結んだのではありませんか?(^_^;)

「違いますか?」

同じ事を目の前の生徒さんにしてはいけません。
過去の間違いは反省のためにあるのです。(#^.^#)

生徒さんから、
「自分で着るのは着替えではありませんか?」
と指摘をされるよりも、
自然な形で着替えと口にすれば良いのです。

それが自然になる頃には、
着付けの言葉が耳障りになります。(*^^)v

「着替えの教え方は、
 これから自分流に工夫をすれば良いのです。」(#^.^#)
posted by kiraku at 12:39| 愛知 ☁| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月02日

きものはご先祖様からのタイムカプセル!(*^_^*)

今日のタイトルは普通に着物を羽織れば誰でも肌で感じる!
着物は受け継がれた温もりを子孫に伝えたタイムカプセルです。(*^^)v

「そんな風に着物を感じた事は一度もありません!」

「エッ、その前にタンスから着物を出した事がありますか?」

「着物を出すと畳めないので・・・・」

これが私と同世代の還暦過ぎた人との会話です。(^_^;)

「皆さんにこの意味が分かりますか?」

日本人が普通に着ていた着物を、
装束のように着付けとして教えるには、
着物に御を付けて御着物様にしないと都合が悪い!

「御着物!」 「御着物!」 「御着物!」

そして最後はおいそれとは着られない
タンスに眠るだけの高価な「置き物」にしたのです。


過去の着替えを着付けだと教えた教室では、
「御着物」を連呼したのには意味があったのです。

昔は御着物の言葉に私の顔色が曇ったのはこれが理由です。(^_^;)
今の小庵「着らく」では誰一人として「御」を付ける人はいません。(*^^)v

還暦世代の人でも着物が畳めないのは、

「おいそれとは着られないからさわらない!
 さわらないから畳み方も忘れてしまう!
 畳み方を忘れてもさわらないから関係ない!」(T_T)

これが過去の着物文化だとしたら、
タンスの中身は高価な置き物様で埋まっている!


「御祖母ちゃん!着物に着替えたい!」

「エッ、あなたは何を言っているの?」

「着物に着替えたいから出して!」

「置き物様は着替える物ではありません!
 出しても広げないでその価値を眺めるものです。」

「エッ、着物は着ないとダメになると言われたよ。」

「置き物様を汚したら幾ら掛かるとおもっているの!
 私はあたなのお母さんにそんな躾をした覚えはありません!」

「???・・・・・・・?????」

その主がン十年後に亡くなれば、
着物は本来の温もりを伝えないまま、

「着物だけはいらない!」と言われる!

その理由は?
国がおかしな教育環境を認めて放置したからです。
アッ、国は間違いを認めませんからこれは無駄!
最後は自己責任だと言われて終わりです。(^_^;)

だから若い人には意味を知って賢く生きなさいと、
過去の着物文化を例に伝えているのです。(*^^)v

古着市場に溢れる着物を見れば、
過去の間違いは誰でも気付く筈です。

ン万円、ン十万円、ン百万円の着物が本来の価値そのままで、
ン百円、ン千円、ン万円で温もりを伝えないまま売られているのです。

売られている価格は販売価格であって、
引き取り価格は0円、ン百円、ン千円が相場です。

何で絹の布がそんなに安いの?

「それは着物の形に縫われているからです。」

「本来の着物文化とは、
 おいそれと着られない形ではありません。」

「解けば元の反物に戻せるのが直線裁ちの着物です。
 着物の形には百年先まで子孫が困らない工夫があります。」

「それが両袖にぶら下げた百年分の当て布です。」

「その当て布を使うどころか一度も袖を通さずに捨てるのは、
 おかしな着替えを教えた最大の罪だと私は思っています。」

若い人に本来の着物文化を伝えながら、
還暦を過ぎた今だから思う事があります。

40年前に小難しい着物用語を教える前に、
正しい日本語を教えてくれる大人がいたら、
この国は今よりは明るくなっていた気がします。

「着替えを着付けだと教えればお金になる!」

こんな子供騙しの詐欺を40年以上も放置すれば、
立派な詐欺大国に育つのは当たり前です。(^_^;)

受け継がれた着物に包まれると、
人は無意識に行ないを正して凛とした姿になる!

それが本来の着物姿です。(*^^)v

この人達に着替えを着付けだと言えば一言。

「アホか!」

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この人達に着替えを着付けだと言えば、一言。

「あんた尋常小学校へ行きなさい!」

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この子達に着替えを着付けだと言えば、一言。

「大人が嘘を言ってはいけません!」

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この子達に着替えを着付けだと言えば、一言。

「何それ?????」

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着替えを着付けだと信じるから騙された!
そんなお粗末な着物文化も過去にはあったのです。

小庵「着らく」ではこの子達が生まれた19年前に、
もうすでに消えていた遠い遠い過去の都市伝説です。


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先生が気付いて正すのか?

生徒さんが気付いて正すのか?

どちらにも正す権利と義務がある!

誰でも分かる日本語の間違いですよ。(*^^)v

posted by kiraku at 21:02| 愛知 ☁| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする